小さなラガーマン 4
視界の中に見慣れたものが過る。
それは通学路でいつも見る…というものではなくて、何か自分の記憶の中に刻み付けられたもの…。
遼太郎がもう一度同じ場所を目で辿ってそれを確かめると、背の高い常緑樹の向こうに、空に向かって突き出た2本の白いポール…。きっとゴールポストだろうと思われるものが見えた。
まるで引き寄せられるように、遼太郎はゴールポストの方へと向かって歩き出す。
公園の向かい、遊歩道横のフェンス越しに臨めたのは、私立の学校のグラウンドだった。高校生だけではなく、体の小さい生徒達もいるので、おそらく中学生のラガーマンだろうと、遼太郎は想像を巡らせる。
一人の子がコンタクトバッグにボールを持ってぶつかり倒され、別の子が走ってきてコンタクトバッグを押し切ると、更にもう一人の子が走ってきてボールを抱え上げて、ゴールラインめがけて走り出す。
遼太郎自身、何度も何度も繰り返した練習――。
選手たちがコンタクトバッグにぶつかるたびに、遼太郎の体の中にあるその時の感覚が呼び覚まされるようだった。体がうずうずして、ラグビーボールに触りたくてたまらなくなる。
…そう思っていた時、高いフェンスを越えて、ラグビーボールが飛び出してきた。遼太郎は、不規則に跳ねるそれを、追いかけていって捕まえる。
「すみませーん。」
フェンスの向こう側から、コーチらしき人が遼太郎へと声をかけてきた。
遼太郎は、すかさず手にあったボールを落とし、地面に着く前に蹴り上げる。ボールは空に向かって高く上がり、フェンスを飛び越えて、コーチらしき人の腕の中へとすっぽりと納まった。
――よし…!
我ながら会心のハイパント(※)だったと、遼太郎は自画自賛する。
「…あ、ありがとうございました。」
思いもよらない出来事に、コーチらしき人は目を丸くして遼太郎を凝視した。
すっきりと気持ちも晴れたような気がして、遼太郎も頭を下げてニッコリと笑い返し、その場を後にした。
ラグビーボールには不思議な力があって、遼太郎の心を正しい位置にリセットしてくれるようだ。
もう少ししたら、また冬休みに入る。正月には、芳野高校のラグビー部のOB会があって試合もあり、再びラグビーボールに触る機会もある。
心の中に小さな喜びを見つけて、遼太郎は自然と優しい笑顔になった。
アパートに帰ったら、約束した通り、彩恵にメールを送ろう…。何と言ってメールをすればいいのか考えなければならないけれど、少し彩恵の気持ちをほぐしておく必要がある。それが〝彼氏〟としての務めだ。
そんなことを思いながら、遼太郎がもと来た道を歩いていると、
「あの!すみません…!」
背後から突然、声をかけられた。
振り向いてみると、先ほどのグラウンドにいたコーチらしき人が追いかけてきている。何事かと、遼太郎は立ち止まり、無言で相手を見つめ返した。
「あの、ラグビー、経験者ですよね?」
「…はい。高校でやってました。」
突然の問いに、思わず遼太郎はそう答えていた。
普通の人はなかなか扱いきれないラグビーボールを、あんな見事に蹴り上げられたのだから、経験者と思われても無理はない。
「あの、突然ですみません。だけど、もし時間が許せば、練習見て行きませんか?」
と、誘われるまま、遼太郎は再びグラウンドへと足を向ける。
コーチらしき人の名前は「吉住」といい、見たところラグビー部顧問だった江口と同じ年頃。がっしりした体型で、フォワードでもバックスでもいけそうなタイプだ。
小学生のラグビースクールのコーチをしていて、時折、先ほどの学校のラグビー部の練習にお邪魔させてもらうそうだ。
遼太郎はそう説明を聞いて、先ほどのラグビーボールが少し小さかったことを思い返した。
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※ ラグビーで、味方に球が回せない時などに、球を高くパントキック(手から離したボールを地面につく前に蹴ること)すること。




