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Rhapsody in Love 〜幸せの在処〜  作者: 皆実 景葉
小さなラガーマン
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小さなラガーマン 3




 そんな会話をしている内に、ほどなく最寄りの駅に到着した。

 彩恵も地方から出てきている学生だったが、電車に乗って、少し郊外から通学してきていた。ここからは、電車を乗り継いで帰らなければならない。



「それじゃ。」



と言って、遼太郎が見送ろうとすると、彩恵は逆に遼太郎に近づいてうつむき、モッズコートの袖口をギュッと握った。



「…狩野くん。これから私のアパートに来ない?」



 その提案に、遼太郎は息を呑んで固まってしまう。ただ、彩恵が掴んでいる袖口と、そこに掛かる毛先をカールさせた彩恵の長い髪を見つめた。



 付き合っている者同士が、一つの部屋に入ってすることといえば、だいたいの想像はつく。

 〝愛しい人〟を抱きしめて、キスをして、そして……。それは、かつて遼太郎が絶えず抱いていた願望だ。

 それを今、彩恵は遼太郎に対して望んでいる。



 付き合うことになった以上、当然こうなることは分かり切っていた。

 彩恵のような女の子が、自分から誘うなんて、どれほどの勇気を振り絞っているのだろう。


 ここで断ると、彩恵はますます不安を募らせる…と思えば、遼太郎は自分の中にある答えをなかなか口に出せなかった。

 何か、彩恵の不安を軽くさせられる理由を、必死で探す。



「…ごめん。俺、これから大学まで戻って、図書館の本を返さなきゃいけないんだ。貸出期限今日までだから、返さないとペナルティ喰らうし。どっちにしろ、大学に自転車置いてるから…。」



 遼太郎のコートの袖口を握る、彩恵の手の力が抜ける。


 勇気を振り絞っているのに、こんなふうに断られて、彩恵はさすがにショックを隠せなかった。自分と一緒にいることは、図書館のペナルティよりも軽いことなのだから。



 彩恵の目にじわりと涙が滲んでくる。無理を言えば、優しい遼太郎は来てくれるかもしれない。でも、そうやって来てもらっても、今の空気を引きずって、きっと楽しくはない…。

 ましてや、深い関係になることなんて…。



「そっか…。じゃ、しょうがないね。」



 消え入りそうな彩恵の声。考えて断ったつもりだったが、彩恵を落胆させることには変わりなかった。



 遼太郎くらいの年頃の男だったなら、彼女のことを抱きたいと思うのは当然のことだ。

 それに、相手の女性に深い感情がなくとも、男はその行為をすることはできる。遼太郎の周りにも、恋愛感情は関係なく機会さえあれば、それがしたくてたまらない男はたくさんいた。


 そんな男だったら、彩恵の誘いにも、すんなりと乗ってしまうのかもしれない。

 いや、普通の男だったら、こんな可愛らしい彩恵から想いをかけられて、好きにならない者などいないだろう。


 遼太郎だって、みのりと出逢わずに彩恵と付き合っていたら、きっと素直に好きになっていたと思う。



 でも、遼太郎は知ってしまった。本当に心の底から人を好きになるのが、どういうことかを。今、彩恵が自分に抱いている感情とは、次元が違う深い深い想いを。



 何よりも、あんなふうに自分の体の底から湧きだすような、愛しいと思える感情を伴わなくては、彩恵には触れられない…。

 そんな無意識な思いが、遼太郎の体を硬くさせた。


 それでも、消沈する彩恵の様子を目の当たりにすると、遼太郎はいたたまれなくなって、何か気持ちをほぐすための言葉を探す。



「…また、時間のある時にゆっくり、お邪魔させてもらうよ。」



 その遼太郎の優しい言葉に、彩恵は一筋の光を見つけだして、可愛らしく微笑んだ。

 しかし、その可憐な笑顔に、遼太郎の心は愛しく思うどころか、いっそう重苦しくなった。



 彩恵が改札を通り、人の波に消えてくのを見送って、遼太郎は少しホッとする。そして、おもむろに大学の方へ足を向けた。


 もちろん、図書館の貸出期限などは迫っていない。でも、置いたままになっている、自転車を取りに戻る必要はあった。



 何とも言いようのない罪悪感が、遼太郎の心を支配した。


 彩恵を愛しいと思える感覚がないのに付き合うことも、みのりの言う『いろんな経験』の一つなのだろうか。


 …多分みのりは、遼太郎がきちんと彼女と向き合い、心から好きになることを望んでいたはずだ。そうでなければ、あの時別れを切り出したりはしないだろう。

と言っていたが、遼太郎のみのりへの気持ちはもう変えようがなかった。



――先生への気持ちをなくしてしまったら、俺が俺でなくなってしまう……。



 そんなことを悶々と思いながらただ道を歩いていたら、いつの間にか大学を通り過ぎて、普段通学では使わない道を歩いていた。


 一瞬、自分がどこにいるのか分からなくなり、遼太郎は焦って周りを見回した。




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