小さなラガーマン 2
この3か月の間、二人はそれなりにデートなどを重ねてきた。映画を一緒に観に行ったり、ショッピングに出かけたり、水族館に行ってみたり…。
一緒にいる時間が積み重なっても、二人の間のぎこちなさは変わらず、彩恵は何となく満たされない想いを抱え始める。
もちろん、遼太郎は彩恵のことを大事に扱ってくれている。移動する電車の中では、遼太郎が盾となって彩恵のいるスペースを作ってくれるし、レストランでは椅子を引いて先に座らせてくれる。 彩恵が遼太郎の端正な顔を見上げると、口角を上げて優しく微笑み返してくれる。
――でも…、何か違う……。
そうは思っていても、彩恵にとっても遼太郎は初めての彼氏で、男の子との付き合い方を彩恵自身も模索している状態だ。どうやって今の微妙さを打開すればいいのかなんて、当然判らなかった。
「狩野くんって、まめにメールとかしない人なの?」
沈黙に耐えられなくなった彩恵が、先に口を開く。不意に尋ねられて、遼太郎は首をかしげた。
「まめじゃないけど、しなくはないよ。」
「じゃ、LINEは?チェックしてる?」
「うーん…。どうだったかな?1日1回はしてると思うけど。」
実は、大学生になって必要に駆られてLINEは始めたけれども、遼太郎はそういうSNSを使いこなすのが、いまいち苦手だった。
だいたい、毎日大学で顔を合わせる者同士なのに、なぜそういうものでやり取りしなければならないのか…と、面倒くささの方が先に立ってしまう。
「じゃあ、どうして私がメッセージ送っても、返事をくれないの?」
「メッセージ?俺に?」
「昨日のだけじゃないわ。狩野くんって、いつも既読無視するよね。」
「既読無視?」
そういうことに疎い遼太郎にとって、初めて聞く言葉だった。
「メッセージ読んでるのに、返信しないでそのままにしていることよ。」
彩恵は自分の中に抱える不快さを、隠すことなくその言葉に表していた。
言われてみて、遼太郎は思い返す。
そう言えば、昨晩LINEをチェックしたときに、彩恵からメッセージが来ていたのを思い出した。けれどもその内容は他愛もない事柄で、わざわざ返信するまでもないと思ったのだ。
でも、それが彩恵は気に入らないらしい。
「…ごめん。次からは気を付けるよ。」
こんな時、遼太郎は反論することもなく、素直に謝ることにしている。それでも、その素直さを、彩恵はすんなりとは受け入れられない。
「それに…、いつも私ばかりメッセージ送ってて…。どうして、狩野くんの方からメッセージ送ってくれないの…?」
これを聞いて、一瞬遼太郎は言葉を逸する。何も用もないのに、どうしてメッセージを送る必要があるのだろうか。
「…俺はあんまり、他の誰ともメールとかしないから。」
「私は、他の誰かと一緒なの?!」
その言葉の意味するところを考えて、遼太郎は眉をひそめた。
一緒だとは、もちろん思っていない。彩恵は自他ともに認める、遼太郎の〝彼女〟だ。
「ノリちゃんの彼氏なんて、毎日何度も連絡くれてるのに…。」
この一言は、ピクリと遼太郎の癪に障った。ノリちゃんというのは誰なのか、遼太郎は知る由もないが、どうやら彩恵の友達らしい。
――他の誰かと比べるなんて無意味だ……。
彩恵が自分を他の誰かと比較することも、遼太郎自身が他の誰かと比較されることも。他の誰かの存在は、自分の幸福を量る材料ではない。
そう思ってしまうと、遼太郎の表情はますます険しくなる。けれども、遼太郎は唇をキュッと噛んで、胸の奥にモヤモヤと立ち込めてくる感情を押し込めた。
――…これは、俺に課せられた〝宿題〟だ。
これも、みのりが言っていた『いろんな経験』の一つで、自分を成長させてくれる大事な要素なのだと、遼太郎は自分に言い聞かせる。
どう言えば、彩恵を安心させてあげられるのか考えて、口を開いた。
「ごめん。俺、そういうことに疎くて…。不安にさせてたんなら、悪かったと思う。これからはちゃんと連絡するよ。」
心に鎧をまとって、彩恵に向き直る。悪気がなかったと解ってもらうために、曇りのない笑顔を作った。
「…うん…。」
遼太郎の笑顔と真剣な口調に、彩恵は少し不安を残すような面持ちで、一つ頷いた。彩恵のこんな顔を見ると、駄々をこねるようなことを、言いたくて言っているわけではないことは分かる。
けれども、冬の足音が聞かれるようになるにつれて、二人きりになると、たびたびこんなふうに不穏な雰囲気が二人を取り巻いた。