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Rhapsody in Love 〜幸せの在処〜  作者: 皆実 景葉
恋の正しさ
72/199

恋の正しさ 7




「……石原先生。そんなふうに想ってもらっても…、 もう、私はあの頃とは違います。」


「君は何も違っていない。あの頃と同じように、綺麗だ…。」



 真意が伝わっていないと、みのりは石原のネクタイに額を付け、抱きしめられたまま頭を抱えた。はっきり言わねばならないと、勇気を振り絞る。



「他に好きな人がいます。この命よりも、大事な人がいるんです。」



 石原の体が、ピクリと強張るのを感じた。そして、その腕は脱力するどころではなく、ますます強固な鎖となってみのりを締め上げた。



「そいつと……結婚するのか?」



 石原の中に違う感情が漂ってきている。震えている声色に、それが現れていた。



「結婚は、……できません。付き合ってもいませんから。でも、私はその人を想いながら、独りで生きていくって決めてるんです。」



 みのりの言葉を聞きながら、石原はさらなる力を込めて、みのりを離そうとはしなかった。みのりの耳には、自分の大きな胸の鼓動と石原の荒い息遣いだけが聞こえてくる。



 もうキッパリと拒絶して、意思表示はした。これ以上、石原の腕の中にいる必要はない。一刻も早くここから抜け出して、この部屋を出て行かねばならない。


 みのりが石原の腕から逃れようと体をよじらせた瞬間、



「だったら、そいつを忘れさせてやる…!」



みのりの体は石原によって、長机の上に押し倒されていた。


 みのりが驚いて目を見開いた時には、無防備だった唇は塞がれて、みのりの意志に反してキスは深められる。



「やめてください!」



 顔を背けキスを拒み、体を起こそうとすると、石原の両手がみのりの肩を押さえつけた。そして、みのりのブラウスのボタンを引きちぎりながら、胸元を開く。


 初めて見るそんな暴力的な石原に、みのりは恐れおののき、体がすくみ、動けなくなった。



「いや…!やめて…。」



 首筋から胸元に石原の髭が滑り落ちるのを感じながら、みのりは涙声で懇願した。



 必死で石原の肩を押して抵抗するも、力でかなうはずもなく、石原は懇願を聞き入れてくれない。



――助けて、助けて!……遼ちゃん!!



 白昼の学校でこんなことをしているところを、誰にも見られるわけにはいかない。大声で助けを求めることもできずに、みのりは涙を流し、歯を食いしばりながら、ただ心の中で遼太郎を呼んだ。



 でももし、こんな状況を遼太郎が目にしたなら、彼はどう思うだろう。


 遼太郎は、石原のことを尊敬してやまなかった。

 もちろんみのりだって、聡明で優しい石原のことを、尊敬して憧れて…、何にも増して好きだった……。



――こんなことをする人じゃなかったのに…!



 そう思った瞬間、みのりは弾かれたように真実に気が付いた。

 石原をこうしてしまったのは、誰でもない自分だということを。



 あの時、石原と向き合うのが怖くて、こんな修羅場になるのが怖くて逃げてしまった。

 あんな卑怯な別れ方をしなければ、石原だってこんなふうに引きずることもなく、こんな行為に及ぶこともなかったはずだ。



 必死で抵抗していたみのりの腕の力が抜ける。


 もちろん心の中で愛しく想うのは、遼太郎だけだ。遼太郎以外には、触れられたくない。

 けれども、他にどんなふうにしたら石原の心を癒せるのだろう…。



 みのりは硬くしていた体の力を抜いて、石原の行為を受け入れる。すると、石原はそれに気が付いて、みのりの胸元から頭をもたげ、みのりの涙で濡れた顔を見下ろした。



「…みのりちゃん…?」



 自分の想いが受け入れられたのかと、石原の強張った表情が緩む。

 でも、石原に向けられたみのりの眼差しは、恋い慕うものではなく、憐れみを漂わせていた。



「私は石原先生を、こんなにも傷つけてしまって…。こうすることで、石原先生に償えるのなら……気の済むようにしてください。でも、奥さんと娘さんは傷つけないで。私の罪をこれ以上、重くしないで……。」



 これを聞いた石原は、眉間に皺をよせ、ギュッと目をつぶった。

 顎を震わせ唇を引き結ぶと、何かを振り払うかのように、みのりを組み敷いた体勢から立ち上がった。



 体が自由になったみのりも、胸元を押さえながら体を起こし、長机の上から足を床に着けた。


 石原は悲痛な面持ちのまま、そんなみのりの姿をしばらく見つめる。

 そして、くるりと背を向けると、そのまま小会議室から出ていってしまった。




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