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Rhapsody in Love 〜幸せの在処〜  作者: 皆実 景葉
恋の正しさ
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恋の正しさ 4




 校舎と校舎の合間に植えられているアメリカンフーの真っ赤な紅葉が、木枯らしに吹かれて散っていく。

 深まった秋の午後の優しい光の中で、紅い木の葉が舞っている目を奪われるような光景も、みのりの目には映っていなかった。



 感動すれば、それを遼太郎と分かち合いたいと思う。

 そんな叶わない願望を意識して、もっと辛くなってしまわないためにも、今は…みのりは敢えて抜け殻でい続けようと思った。




 花園予選も終わると、3年部はいよいよセンター試験に向けて、臨戦態勢となる。毎日の授業は、予備校さながら試験の傾向と対策となり、教師も生徒も目の色が変わってくる。

 特に地歴科は、直前の勉強も本番の結果に繋がってくるので、生徒たちの力の入れ方も他教科以上だった。



 そんないつもバタバタしている3年部に加え、今日は2年部もなんだか慌ただしい。


 今年、みのりは2年生の授業は担当していないが、去年はこの学年の日本史選択者全員を請け負っていたこともあって、親しみは深かった。


 そんな2年部でも、給湯室で暇そうに新聞を読んでいた古庄を捕まえて、みのりは慌ただしい原因を尋ねてみた。



「ああ、2年5組の野上先生のクラスで、研究授業があるから。」



と、古庄は相変わらず爽やかな笑顔で答えてくれる。


 そう言えば、職員朝礼でそんなことを言ってたような気がする…と、みのりは今更ながらに思い出す。



「研究授業?校内の…じゃないよね?」



「校内だったら、こんなに大騒ぎしないでしょ。うちの学校、ハイスクールパワーアップ事業の指定校になってるから、教育委員の先生たちはもちろん、県下の各高校の英語科主任やその他もろもろの先生たちが集まるらしいよ。」


「えっ……!?それじゃ、野上先生がその先生たちの前で授業をするの?」



 そう、みのりが驚いた顔を見せると、古庄はいっそう屈託なく笑った。



「そうそう。だから、野上先生。朝からすっげー緊張してて…ガチガチになってんの。」



 2年部とはいえ蚊帳の外の古庄は、ただ単に面白がってるみたいだ。


 みのりも笑いをもらしながら納得した息を吐き、会話もこれで終わって席に戻ろうとしたところ、



「あっ、仲松ねえさん。」



と、古庄に呼び止められた。



「なに?」


「えっ、コーヒー淹れるんじゃないの?」


「は……?」



 古庄がみのりを見つめて、ニコッと笑う。

 3年部にあるみのりの机には、たくさんの仕事が積み重なっていたが、その罪のない笑顔に折れて、みのりはため息を吐いた。



――コーヒーくらい、自分で淹れればいいじゃないの…。



と、思いながら食器棚からコーヒーポットやサーバーを取り出し、準備をする。


 それでも、手慣れた感じでみのりがコーヒーを淹れはじめると、深く芳しい香りが辺りに漂った。



「ねえさんがそうやってコーヒー淹れてくれるの、久しぶりだなぁ…。」



 みのりが細口のコーヒーポットを持ち、ドリッパーへとお湯を注ぐ。それを眺めながら、古庄がしみじみと言った。



 言われてみて、みのりは、最近コーヒーを淹れて飲む余裕さえなかったことに気付かされる。

 慌ただしい毎日の中で、ホッとこんなふうに気持ちを抜く時間というのは、実はとても大切なのかもしれない。



 遼太郎を意識しないために、みのりはただただ必死で仕事をしていた気がする。そこにある余裕さえも埋めてしまうほどに…。


 いつも自分を追いつめて、張りつめている気持ちの状態だから、少し遼太郎が過っただけで必要以上のダメージを受けてしまうのかもしまうのかもしれない。

 こうやってホッと一息つける時間を作って、少し気持ちに緩衝できる余裕を作れば、もっとしなやかに生き易くなるかもしれない……。



 鼻孔をくすぐるコーヒーのいい香りを楽しみながら、お湯を注がれて膨らむコーヒーを見つめて、みのりはそんなふうに考えた。



「さあ、できましたよ。」



 古庄のカップにコーヒーを注いで差し出すと、古庄は一口それを含みニッコリと笑った。



「やっぱり、ねえさんが淹れてくれるコーヒーが美味しいんだな。自分で淹れても、こんな味にはならないから。」



 これを聞いて、みのりも鼻から息を抜いて笑う。



「お世辞が上手いんだから。」


「お!お世辞じゃないよ、ホントだって。よし!これで元気が出たぞ。午後からの駐車場係、頑張ろう!!」



 そう言いながら、古庄は新聞を元の場所に戻し、コーヒーを片手に自分の席へと戻っていく。

 それを見ながら、みのりは食器棚にある野上のコーヒーカップを取り出し、それにもコーヒーを注いだ。そして、3年部の自分の席に戻る途中、2年部の野上の元へと立ち寄る。



「野上先生。今日の研究授業、頑張ってくださいね。」



 みのりがそう声をかけると、野上は古庄の言った通り、緊張してガチガチの表情をしていた。



「緊張しないで、楽しくやりましょう。」



 コーヒーを机の上において、みのりはニッコリと笑みを向ける。



「…あ、ありがとう」



 みのりを見上げて、野上の強張りが少し緩んだ。それを確認して、みのりは嬉しそうにいっそう笑顔を輝かせる。

 野上はそんなみのりの極上の笑みに見とれて、とりあえずその瞬間は重い緊張から解き放たれたようだった。




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