恋の正しさ 3
「……みのりちゃん」
みのりの頬を伝う涙を見て、愛は驚いて息を呑んだ。みのり自身もうろたえて、顔を逸らして手の甲で涙を拭う。
こんなふうに生徒の前で泣いてしまうなんて、不覚だとは思ったが、一度堰を切った涙はそう簡単に止まってくれなかった。
「みのりちゃんには、そんなふうに想える人がいるんだね。」
愛はみのりの心が伝染したのか、同じように切ない目をした。
先ほどとは立場が逆になって、愛がみのりを心配そうに見守ってくれている。
「……でも、そんなふうに泣くなんて、その人とは……?」
鋭い洞察は、兄の二俣と同様だ。涙の発作が少し納まったみのりは、涙を拭いながら緩く首を横に振った。
「…そうなんだ……。片想いなの?みのりちゃんなら、両想いになれそうなのに……。」
愛の中にある幼い恋愛観からすると、当然の疑問だろう。みのりは目を伏せたまま、もう一度首を振った。奥歯を噛みしめて、鼻から深く息を吸う。
気持ちを張りつめていないと、再び涙が溢れてきて自分でも精神を制御できなくなりそうだった。
「片想いじゃなかったけど…、いろいろあって私の方から別れようって言ったの……」
「えっ……!そんなに泣くほど好きなのに、どうして…?」
愛のこの問いに、みのりはただ寂しく微笑むだけで答えなかった。形作られただけの笑顔の上に、瞳にたたえられていた涙が、また一筋落ちた。
「相談に乗ってあげてる方が泣いたりして、ビックリしたよね?でも、大丈夫。私のことは、心配しないで。…だけど、このことは内緒にしててね……生徒だけじゃなく、愛ちゃんのお兄ちゃんにも。」
涙を押さえながら、みのりがそう言って気を取り直すと、愛はただ一つ、「分かった」というように頷いた。
「…明日、宇津木くんとは顔を合わせにくいかもしれないけど、彼は真剣に試合に臨むはずだから、今日のことは考えずに愛ちゃんはマネージャーとしての仕事を全うするべきだと思うな。愛ちゃんが正しいと思うことをちゃんと考えて行動していれば、たとえどんな答えを出したとしても、宇津木くんも宮園くんも受け入れてくれると思うよ。」
みのりはパイプ椅子から立ち上がると、励ますように愛の肩に手を置いた。
そこから力を得たように愛が微笑むと、それを見て安心して職員室へと足を向けた。
みのりは自分に言い聞かせた。
今、愛に言ったように、自分はいつも正しいと思うことを考えて、それを行動に移してきたはずだと。
石原と別れる決心をした時も、……遼太郎を傷つけて突き放した時も。その自分が出した答えを、石原も、そして遼太郎も、きっと理解してくれている……。
みのりはそう信じて、自分を必死で肯定した。
次の日に行われた花園予選は、あっけない幕切れ。結局みのりは、1試合も応援に行くことなく、終わることとなった。
――愛ちゃんは、どうしたんだろう……。
宇津木から一方的に言い渡された『勝ったら付き合って』の約束からは、とりあえず免れた結果になって、きっとホッとしていることだろう。
もし、宇津木が愛にフラれているのなら、花園予選敗退とのダブルパンチで、きっと落ち込んでいることと思う。
3年生の教室で宇津木を見かけても、そんな大胆なことをするような男の子には見えず、〝恋〟がもたらす化学変化のようなものを、改めて不思議だと思った。
人を好きになると思ってもみない力が湧いて出て、思ってもみない行動に出ることもある。
……みのりも、そんな風に遼太郎を恋い慕う気持ちを、自分の生きていく力へと転化したいとは思う……。
でも、彼が心に過るだけで痛みに侵される、今のような状態では、それは難しかった。力にするどころか、自分の中のすべてのものが止まってしまう。
遼太郎は、成長を見守り、愛おしんで育てた存在。いつも側で、みのりを大切に守ってくれていた存在。彼はすでにみのりの一部となり、その命よりも大切な存在になっていた。
その存在を失ったのだから……。今のみのりは、命のない抜け殻のようなものだった。




