恋の正しさ 1
秋も深まり、花園予選の熱い戦いが繰り広げられる季節となった。
芳野高校のラグビー部は、難なく1回戦を勝ち上がっていたけれども、みのりはセンター試験を受ける生徒向けの土曜学習会が入っていて、応援には行けずじまいだった。
純粋にラグビーのことは好きだし、試合を観戦することは楽しいとは思う。でも、ラグビーの試合……この花園予選を観ると、どうしても遼太郎を思い出してしまう。
一年前の花園予選は、遼太郎への想いを確認する過程みたいなものだった。
闘う男の目をする遼太郎に、恐れをなしたこと。流血し焦る遼太郎を、抱きしめて宥めたこと。そして、遼太郎のドロップゴールに心を貫かれたこと。
そんな思い出は、今のみのりには辛いだけのものだ。
3月の終わりに遼太郎に別れを告げてから半年以上が経とうというのに、みのりは立ち直るどころではなく、その心はあの時のままだった。少しでも遼太郎が過るだけで、息もできないような痛みに突き上げられる。
3年生のラグビー部員からは、再三応援に来てくれるように頼まれてはいたけれど、もう少し、この赤く腫れ上がった心の状態が癒えないと、競技場へ足を向けられそうになかった。
「みのりちゃん!」
清掃指導が終わり職員室へ戻る途中、生徒が多く行き交う渡り廊下で、名前を呼ばれた。今、この学校でこんなふうに呼ぶのは、一人しかいない。
「ああ、愛ちゃん。元気そうね。花園予選はどう?みんな練習頑張ってる?」
昨年、兄の二俣が勝ち進んでいく過程は知っているだろうが、今年は愛にとって、ラグビー部員として初めての花園予選だ。
「はい。頑張ってると思います…。多分……。」
さぞかし愛が張り切っているとばかり思っていたみのりは、彼女の歯切れの悪い受け答えが気になった。それに、いつも目にする快活な愛の表情ではない。
「…どうしたの?心配事でもある?」
心の中を言い当てられたのだろう。愛はグッと息を呑み込んで、何と答えていいのか迷っているようだった。
「……うん。みのりちゃんだったら、相談に乗ってくれるかな?でも、みのりちゃん、忙しそうだし……。」
やはり、みのりの直感は当たっていたらしい。
よほど言い出しにくい事なのだろうか。愛は両手の指を、胸の前でもじもじと組んだりほどいたりした。
「忙しいけど、相談に乗る時間くらいはあるけど?愛ちゃんの方が、部活とかで忙しいんじゃないの?」
「明日は、試合の前日だから、部活も早く終わると思います」
「そう。じゃ明日、部活が終わったら職員室にいらっしゃい。時間を空けとくから。」
そう言ってあげると、愛はほのかに笑ったが、心の芯にある何かがその笑顔を曇らせていた。
みのりはこのことを受けて、普段は4人ほど入れている放課後の個別指導を、次の日は2人だけにとどめておいた。
個別指導を終えて、あれこれと溜まっている雑用をしている途中で、職員室に愛が現れた。
愛の顔を見た瞬間、みのりは彼女が普通の状態ではないことを気取った。
昨日よりも思いつめた…というより追い詰められたような顔をしている。
「……どうしたの?」
思わず、みのりは立ち上がる。 愛の背中に手を添えて職員室を出て、渡り廊下の長机の一つに着いた。
愛を座らせて、彼女が口を開いてくれるのを、みのりは黙って待つ。
愛は、目を絞ったり唇を噛んだりして、自分の中の気持ちを整理しているようだった。
そして、ようやく切り出した。
「…さっき、部活が終わってから、部室でいきなり宇津木先輩に抱きしめられて……」
「…えっ…!?」
いきなりショッキングなことを愛が言い始めたので、みのりの胸がドキッと一つ大きく鼓動を打った。
この愛の様子から、そのままそれ以上のことを強要されたのではないかと、みのりの中に危惧が過る。
「……明日の試合に勝ったら、付き合ってほしいって言われました……。」
それを聞いて、みのりは少しホッとしたように黙って頷いた。
宇津木は世界史選択者なので、みのりは授業を担当していない。しかし、遼太郎の後にスタンドオフになったこともあって、その成長を見守っている生徒だった。
「花園予選の前に、告白はされてたんです。……だけど、私。同じクラスの宮園くんからも告白されてて……もう、どうしたらいいか……」
愛はそう言いながら、うつむいて頭を抱えた。みのりはその様子を、黙ったまま見守る。
要するに、愛は二人の男の子に想い寄せられて、その板挟みとなり悩んでいるらしい。
愛は、二俣の妹だけあって目の大きな女の子で、それがとても可愛らしい。明るく気立てのいい性格も、異性は惹かれるところだろう。この愛がモテるということは、みのりにも納得できる。




