ライブの夜 4
食べるのが遅い女の子たちを待って、遼太郎たちがようやくファミレスを出られたのは、もう10時を過ぎた頃だった。
けれども、皆の話は尽きないらしく、その場から動き出そうとしない。樫原と佐山は、女の子たちとまだ楽しそうに話をしているし、バンドの他のメンバーたちは、もう20歳を過ぎているのだろうか、たむろしてタバコを吸っている。
「ねえ、狩野くん!今度みんなで遊びに行こうって言ってるんだけど、夏休みは帰省するの?」
振り向いた樫原から声をかけられて、遼太郎も話の輪の中に入る。
「俺は、佐山のライブが終わったら、帰省しようと思ってたんだけど…。」
「えー、ちょっと1週間くらい遅くにできないの?」
女の子の一人からそう言われて、遼太郎は肩をすくめた。
「高校の部活の先生から、帰ってきて後輩の練習の相手してやってくれって言われてて、もう行くって返事してるし…。」
「えっ?!狩野くん、部活って、何やってたの?」
「狩野くんはね~。なんと、ラグビーやってたんだって!」
遼太郎本人よりも早く、樫原が自慢げに口を挟む。
「わー!ラグビー?!すごーい!!」
「カッコいいねー!それでこんなにがっしり逞しいんだね。」
「後輩の相手ってことは、まだ現役みたいなもんなんだ。」
ありがたいことに女の子たちは遼太郎にも興味を示してくれて、ひとしきり、それをネタに話が盛り上がった。
「それじゃ、狩野くんは残念だけど、他にも誘ってみたらいいじゃん。」
「…で、どこに遊びに行く?」
話が自分のことから逸れて、遼太郎はホッと視線をみんなの輪から移す。
遼太郎の視線の先には、みんなから少し離れて、女の子の一人とバンドのメンバーの一人が話をしていた。よく見ると、先ほど佐山が『可愛い』と言っていた〝茂森彩恵〟という女の子だ。
これから二人で抜け駆けして、どこかに行こうと内緒話でもしているのだろうか。
……しかし、何やらそんな雰囲気ではないらしい。
彩恵は必死で首を横に振り、身をすくめて後ずさりしている。それでも、バンドのメンバーは、彩恵の腕を掴んでしつこく誘いをかけている。
他のみんなは、夏休みに遊びに行く計画に夢中になっていて、彩恵が困っている状況に気づいていない。
見るに見かねて、遼太郎は一歩踏み出した。
「いいじゃない。カラオケ、行こうよ。可愛い歌声、聞きたいな。」
「いえいえ、もう帰らないといけないんで…。」
近づくと、そんな会話が聞こえてくる。
「ここまで断ってるんだから、勘弁してあげてください。」
側まで行って、静かだけれど有無を言わさない口調で、遼太郎はそう言った。
その声色に気圧されて、バンドのメンバーは思わず彩恵の腕を離す。けれども、それで引き下がるわけにはいかなかったみたいだ。
「なんだよ、お前。関係ないだろ!」
と、もう一度彩恵の腕を掴もうと、身を乗り出した。
彩恵が身をすくめるのと同時に、遼太郎がその前に立ちはだかった。
「どうするんですか?無理やり連れて行くつもりですか?」
毅然とした遼太郎の態度に、バンドのメンバーもひるんだ。
その頃になって仲間たちも、ただならぬ様子を感じ取って遼太郎たちの周りに集まってくる。分の悪くなったメンバーは、「チッ!」と舌打ちを一つしてギターを担ぎ直すと、みんなに背を向けて夜の街に消えていった。
「あいつは……また。女癖悪いんだ。」
眼鏡の真ん中を押し上げながら、佐山が顔をしかめた。そんなことだろうと、遼太郎も眉を動かして息を抜き、駅の方へ向かって歩きはじめる。
「彩恵ちゃん、大丈夫だった?」
他の女の子たちも、心配そうに彩恵に声をかけてきた。
「うん、大丈夫。ちょっとビックリしただけだから。」
「そう、狩野くんが気付いてくれてよかったね。」
「うん……。」
そんな会話もそこそこに、彩恵は遼太郎へと駆け寄り、そっと腕の後ろに触れた。
その感触に、思わず遼太郎が振り返る。
「あの……、ありがとう。」
彩恵は遼太郎を見上げて、恥ずかしそうにお礼を言った。
それに対して遼太郎は、ただ少し口元を緩めて、ほのかに笑って応えた。
その微笑は、ただそれだけの些細なものだったけれども、一人の少女を恋に落とすのに十分すぎる力を持っていた。




