高校入試と免許証 6
遼太郎は、逆襲とばかりに話の矛先を、同じ願望を抱いているであろう二俣に向けた。
「じゃあ、ふっくんは沙希ちゃんとそこに行ったことがあるのか?どんなところだったか、教えてくれよ。」
遼太郎の切り返しに、今度は二俣の方が言葉をなくした。驚いて目を見開くものだから、その目がますます大きく見える。言葉を探して口をパクパクさせる姿は、まるで酸欠状態の金魚みたいだ。
「ばっ、バッカやろう…!俺と沙希はそんなんじゃねーよ!」
辛うじて言葉を絞り出した二俣の顔は、火がついたみたいに真っ赤になっている。
「そんなんじゃないって、じゃあ、いったい何なんだよ。ふっくんの彼女じゃないのかよ。」
遼太郎は澄ました顔で、意地悪な質問を繰り返した。
「…か、彼女に決まってんだろ。」
「じゃあ、そんなんじゃないって、どういうことだよ。好きなら、そういうことしたいって思ってるはずなんだろ?」
遼太郎は二俣に言われたことをそのまま返して、反撃した。こんなふうに理詰めになると、二俣の方が分が悪くなる。
言葉に詰まった二俣は、真っ赤な顔のまま苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべた。
「…とにかく…!俺は今まで、沙希とはそういうことは何もしてねーし。」
「何もって…?」
ようやく自分と彼女の現状を打ち明けた二俣に、遼太郎は驚きを隠せなかった。
「何もって…、キスもしたことないのか?」
訊かれたくないことを詮索され始めたので、二俣は不機嫌そうに腰かけていたベンチから立ち上がった。
「のど渇いたから、何か買ってくる…。」
二俣はそう言って遼太郎を一瞥すると、きまり悪そうに目を逸らしてロビーの端にある自販機までゆっくり歩いて行った。
その後ろ姿を見守りながら、遼太郎は勘ぐった。
――あれは、キスもしてないな…。
二俣はもともと嘘のつけない性分だ。特に遼太郎に対しては、遼太郎が二俣に対するよりも誠実で、こんなときは可哀想なほどに正直になる。
中学生の時から3年以上も彼氏と彼女の関係を続けていて、キスもしていないことなんてあるのだろうか。清純で色気とは無縁の沙希を相手に、二俣もその気はあってもなかなか行動に移せなかったのかもしれない。
いずれにしても告白するときに、キスを
あの菜の花畑でのキスを思い出しただけで、その感覚に圧倒されて、一時の間心身のコントロールが図れなくなる。そして、押し寄せる想いの波に心が洗われて、みのりのことが心の底から好きなんだと再認識する。
ほんの短い間、唇が触れ合うだけだが、愛しい人に触れられることは、それほど遼太郎にとって素晴らしいことだった。
思えば、〝好き〟の度合いもあると思うけれど、二俣も少なからずみのりに想いを寄せていた。そういう状態で沙希とも付き合っていたわけだから、その心の内は思ったよりも複雑なのかもしれない。
そこまで思いが至ると、二俣に対して少し言い過ぎてしまったと、遼太郎は反省した。
「そう言えば、江口ちゃんから聞いたか?春休みの練習試合に加勢してくれって言ってたぞ。」
コーラを片手に戻ってきた二俣は、何事もなかったかのように、違う話題を持ち出した。遼太郎も、気を取り直して微笑んだ。
「うん、聞いてるよ。俺には、センター(※)に入ってくれって言ってた。」
「遼ちゃん、センターやるの久々だな。俺はどこに入るんだろ?聞いてねーや。」
二俣はニヤリと笑って、残っていたコーラを飲みほした。
「みのりちゃんに言って、応援に来てもらえよ。みのりちゃんも遼ちゃんがラグビーするの見れると、喜ぶと思うぜ。」
そういうふうに言っているが、みのりに応援に来てほしいのは、何者でもない二俣自身なのだと、遼太郎は知っていた。
「体が鈍ってるから、明日からまた部活に顔出して練習しとかないとな。」
「くーっ!体戻すの大変だぞ。江口ちゃんにシゴかれるだろうなぁ~。」
二俣は立ち上がると、片手に空き缶を持ったまま、股を開いて上半身をひねった。
二人はそうやって、ひとしきりラグビーのことで盛り上がって時を過ごし、その後めでたく出来上がった初めての運転免許証を受け取って、帰途に就いた。
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(※ センター…ラグビーにおけるバックスのポジションの一つ。ライン攻撃では敵のディフェンスを突破したり、ウイングへボールをアシストする。守る時にはタックルをする機会が多い。)