お見合い 8
「その女性とは、結婚を考えていなかったのですか…?」
20代後半で生活基盤もしっかりしていれば、結婚を考えてもおかしくない。駐車場の柵にもたれて海の方を眺める蓮見に、みのりは当然の疑問をぶつけた。
みのりのこの質問に、蓮見は肩をすくめて溜息を吐く。
「付き合っている時は、このまま行けばその内そういうことにもなるだろう…とも思っていたんですが……。」
蓮見はそこで言葉を切って、唇を舐めて言いよどんだ。そして、思い切ったように体の向きを変えて、視線をみのりへと向ける。
「それが、みのりさんの写真を見て、とても会ってみたくなったんです。釣書を見ても、みのりさんにとても興味を感じました。大学院にまで行って学問をした女性って、どんな人だろう。高校の日本史の教員試験で、100人近くの中から合格する1人か2人になる人って、どんな人だろう…って。一旦そう思い始めると、目の前にいる自分の彼女がとても平凡に感じてしまったというか、もう何も感じなくなったというか……。それで、彼女に納得してもらって別れられたのが、去年の暮でした。」
その話を聞きながら、みのりの心の中には黒い雲が湧き上がってくる。頭を抱えて、うなだれてしまいそうになるのを、必死で我慢した。
もうすでに一人の女性に哀しい思いをさせてしまっていたことが、みのりには耐えられなかった。
「今日は、やっとみのりさんに会うことが出来て、僕としては本当にうれしいんです。」
要するに、蓮見は自分に好意を寄せてくれている――。
けれども、告白とともに向けられた蓮見のはにかんだ笑顔を見ても、みのりはときめくどころか困惑し、絶望にも似たような感情しか感じなかった。
多分このまま、蓮見が自分に想いをかけてくれているように、自分の中に蓮見への気持ちが育っていくことはない…。それを今、はっきり蓮見にも告げておかねばならなかった。
「あの…、蓮見さんのお気持ちはとても嬉しいんですが、私は……」
「みのりさんが結婚に乗り気ではないことは、解っています。」
みのりが決定的なことを言って今後の発展を断る前に、蓮見がそれを遮った。
「もうずいぶん前からお見合いを申し込んでいるのに、ご実家のお寺の方からはいい返事がなかったし…。今回、御堂さんに仲介をお願いして、やっと実現したんです。…だから、この出会いをこれで終わりにしたくないし、無駄にしたくないんです。」
蓮見はそこで息を吐き、更に想いの丈を言葉に込める。
「最終的には、断られても構いません。でも、決めるのは今ではなく、何度か会って、時間をかけて考えてもらってからにしてほしいんです。」
ここまで言われて、それでも敢えて、蓮見の気持ちを無視して拒絶するほど、みのりも非情にはなれない。
みのりは心の中で、深い溜息を吐いた。ここは、蓮見の気持ちを受け入れて、態度を保留した方が無難みたいだ。
「……分かりました。それじゃ、しばらく考えさせてください。」
静かにみのりが頷くと、蓮見も安心したように息を抜いた。
「帰りましょうか。これ以上お引止めして、みのりさんに嫌われたくない。」
そんなふうに言われても、みのりには何とも答えようがなかった。
そんなことで嫌ったりなんてしない。でも、逆に好きになる可能性もない。
蓮見がかつての彼女に対して何も感じなくなったのと同じように、みのりは蓮見に対して何の感情も抱けなかった。それはきっと、何度会っても変わることはないだろう……。
それから、御堂夫人のカフェに帰り着くまで、お互い不必要なことには口を開かず、車の中は沈黙が支配した。
「また、連絡させてください。」
別れ際、運転席から降りてみのりを見送っていた蓮見が、自分の車に乗り込むみのりに声をかける。
「仕事が忙しいので、なかなか会えないとは思いますが…。」
みのりは振り返って、そう応えて会釈をし、そそくさと車に乗り込んだ。
本当は、もうこれきりにしてほしい。けれども、蓮見の素直すぎる表情を見てしまうと本心は口に出せず、こんな予防線を張ることしかできなかった。




