お見合い 7
「さっきは僕の方がたくさん、みのりさんに質問してしまいましたが、みのりさんは何か僕に訊きたい事とかありませんか?」
運転している蓮見から、不意に尋ねられる。
みのりは、反射的に「何もない」と答えようと思ったが、蓮見を見た瞬間から潜在していた疑問が口を衝いて出てきていた。
「どうして…、蓮見さんはお見合いをしようと思ったのですか?蓮見さんならこんなことをしなくても、お相手の女性には不自由しないと思うのですが…。」
核心を衝くようなみのりの質問に、蓮見は息を呑んで、運転中にもかかわらず、眼鏡のレンズ越しにみのりを凝視した。それから、気が付いたように前に向き直り、言葉を選び兼ねて口を開いても何も発することなく黙っている。
そして、ようやく意を決したように、蓮見が答えた。
「あの…、少し外を歩きながら話をしてもいいですか…?」
自分がした質問に対しての答えがこれだから、みのりも嫌とは言えず同意した。
蓮見は、どこか適当な場所の当てがあったらしく、車の進路を御堂夫人のカフェ方面から変えて、海辺の方へと向かった。
車が停車したのは、砂浜に面した駐車場。
夏は多くの海水浴客でにぎわうところだが、春の夜には誰も人影はなかった。
青い月明かりの中に浮かび上がる、目の前の湾の波は穏やかで、隣町のまばゆい夜景をその水面に映している。カップルがデートをするのには絶好の場所だ。
目に映える光景はとても美しく、その美しさに感動する分、みのりは自分自身の心に存在する影が濃くなってくるように感じた。
「波打ち際まで行ってみましょうか。気持ちいいですよ。」
そう蓮見に誘われて、車の外に出て砂浜への階段を下りる。蓮見はみのりの先を歩き、もうすでに砂浜の中ほどまで行ってしまっていた。
みのりが砂地に足をおろし、歩き始めた瞬間、
「キャ……ッ!!」
砂に足を取られてひっくり返ってしまった。しかも、仰向けに背中まで砂地に付けて。
虚勢を張るために、ドジをしないよう気を付けていたつもりだったが、この一瞬は忘れてしまっていた。
みのりの声に気が付いた蓮見が、驚いて駆け寄り、
「大丈夫ですか?」
と、手をみのりへと差し出した。
本当は蓮見の手など借りたくはなかったが、助けがなければ立ち上がれそうもなく、みのりはしょうがなく蓮見の手を取った。
極まりが悪く恥ずかしさのあまり、お礼の言葉さえ形にならない。
「みのりさんの靴だと、砂浜を歩くのは無理でしたね。…すみません。」
みのりがお礼を言うよりも先に、蓮見の方から謝られる。
蓮見の言う通り、みのりも普段も履くことがない、高さのあるピンヒールのパンプスは、砂浜を歩くのには適さなかった。
ポンポンと、みのりの背中を叩いて、蓮見は砂を落としてくれている。
「…だ、大丈夫です。」
とっさにそう言って、みのりは思わず身を引いていた。
こんなに暗くて誰もいないところで、必要以上に男性に近づいてはいけない…。草食系の蓮見相手でも、みのりは警戒して体を硬くした。
そして、みのりのその態度の意味を、蓮見は敏感に察知して、それ以上みのりに触れようとはしなかった。
お互い気心が知れていない状態で、こんなロマンティックなところに来るのは、打ち解けられるどころか却って逆効果だ。蓮見は消沈した面持ちで、駐車場への階段を上がり始めた。
「……確かに、みのりさんの言う通り、これまでに想いを寄せてくれる女性はそれなりにいました。」
蓮見は気を取り直すように、突然本題を持ち出した。みのりも遅れて階段を上りながら、蓮見の話に耳を傾けた。
「実をいうと、去年初めてみのりさんの写真を見せられた時には、付き合っている女性もいたんです。」
――…やっぱり……。
蓮見の話を聞きながら、みのりは心の中でそうつぶやいていた。
長身で端正な顔立ち、これだけの経歴とステータスを持つ蓮見を、周りの女性たちが放っておくはずがない。女性の扱いや言葉の端々に、女性との経験の多さを感じ取れていた。
だったら、なおさら疑問に感じてしまう。なぜ、お見合いをしようと思ったのか…。みのりの実家の方は、蓮見の家にかけるような圧力など持ち合わせていないので、みのりが感じたような義理のようなものもないはずだ。




