お見合い 6
「それ…、美味しそうですね。僕の料理と、ちょっと取り替えっこしてください。」
蓮見がみのりの前にあるパスタの皿を覗き込んで、そう提案してきた。
――えっ?!
そんな戸惑いを含ませて、みのりが蓮見の顔を見上げると、眼鏡の奥の優しい目で、蓮見はみのりを見つめ返してくれていた。
「……いいですよ。」
みのりはナプキンで口を拭きながら頷いた。イタリアンの店に来たら、お互いの料理を分け合って食べるのはよくあることだ。
みのりは取り分けるための新しい皿を、ウェイターに頼もうとしたのだが、それよりも先に蓮見の腕が伸びて、お互いの料理の皿を入れ替えた。
「僕が頼んだパスタも食べてみてください。美味しいですよ。」
そう言いながら、蓮見はすでにみのりが頼んだパスタを口に運んでいた。
みのりは唖然として蓮見を見つめ、それから目の前に置かれた蓮見の皿に目を落とした。
みのりには、少なからずためらいがあった。蓮見が食べかけている皿に、自分の使っていたフォークを入れるなんて。こんなことは、付き合っている者同士や特に親しい者同士じゃないとしないことだと思った。
でも、こんな些細なことを拒むのも大人げない。みのりはそっとチーズが絡んだペンネを一口二口、口へと運んだが、意味もなく緊張して味はほとんど感じなかった。
「僕はオイルパスタはあまり好きじゃなかったんですが、みのりさんが頼んだこれは美味しいですね。蟹とキャベツの味がよく合ってるし、オイルなのにすごくクリーミーで、それにこの味、カラスミが入ってます?この黄色いのがそうかな?」
逆に蓮見の方は、みのりのパスタを堪能したらしく、しっかりと噛みしめながら味の分析をしている。これだけ自分の舌で味の観察が出来るということは、それだけいろんなものを食べた経験があるということだ。
「蓮見さん、グルメ雑誌の記者さんもできそうですね。そんなに気に入ったのでしたら、残りもすべて召し上がってください。」
「…え。……いや。」
みのりが蓮見の様子を見てそう言いながら、微笑みを向けると、途端に蓮見は赤面してうろたえた。
「すみません。調子に乗って。」
蓮見は肩をすくめて、お互いの皿を元に戻した。
その様子を見て、クスッとみのりが笑いをもらす。こんなところを見ると、やっぱり年下だと思う。蓮見もみのりの笑いを聞いて、恥ずかしそうに自分も笑った。
みのりは蓮見に対して、礼儀正しく硬い印象を受けていたが、案外気さくな人間みたいだ。
みのりも少し打ち解けて、美味しい料理の味も感じられるようになり、当たり障りのない世間話をしながら後の時間を乗り越えた。
食事が終わって、会計をしようとした時、蓮見が二人分を支払おうとしたので、みのりが横から口を出した。
「会計は、別々にお願いします。」
ここで、蓮見に奢ってもらうわけにはいかない。こんなことで蓮見に対して恩を感じたり、引け目を感じたりしたくなかった。
けれども、食事代は1万5千円――。
――…あの料理が1万5千円?!ウソでしょう?
みのりはクラクラしながら、もう少し味わって食べたらよかったと後悔した。
義理でした食事にこの値段を支払うのは、もったいないという気持ちが先に立ったが、高価な分、なおさら蓮見に出してもらうわけにはいかなかった。
「みのりさんは、さすがに教員をなさってるだけあって、その辺はしっかり男女同権なんですね。女性の中には、男性に出してもらって当然という感じの人もいますから。」
蓮見のこの発言の裏にあるこれまでの女性関係やそれに伴う女性観を、掘り下げたい気持ちが、みのりの中に頭を擡げる。でも、もう今日のこれきりで会うこともない相手のことを詮索しても仕方がない。みのりは軽く受け流すことにした。
蓮見の車に乗り込み、あと少しで解放される…と、自分を奮い立たせる。
もちろん蓮見に罪もないし、嫌ってもいない。結婚するには申し分のない相手だと、却って思うくらいだ。
でも、今は誰とも…結婚とか付き合うとかそういうことで、関わり合いを持ちたくなかった。遼太郎を失って不安定で張りつめている自分の心に、これ以上負荷をかけてしまっては、ガラスのように砕け散ってしまいそうだった。




