高校入試と免許証 5
「ふっくんは、車で沙希ちゃんとどこへ行く?」
それとなく、そういう経験のある二俣に訊いてみる。
「うーん、そうだなぁ…。彼女とちょっと遠出って感じで出かけるなら、普通遊園地とか映画とかじゃないか?」
二俣は大きな目をギョロリとさせ、先ほどとは打ってかわって、真面目に答えてくれた。
「ふーん…。」
含みのある相づちを打った遼太郎に、二俣は続ける。
「今までは電車で遠出するしかなかったからなぁ。そう考えると、やっぱ遊園地かな。この辺の遊園地は車じゃなきゃ、行けないから。映画は暗闇の中でずっと黙ってないといけないし、面白いのやってなきゃつまんないし。」
――…なるほど…。
と、遼 太郎は心の中で唸った。
さすが二俣は、中学の時から彼女がいるだけのことはある。言われてみれば「そうだ」とは思うけれども、やはり経験がなければそこまで思いが及ばない。
「よし!今度の休みは、遊園地デートだ!遼ちゃん。」
「…えっ!?」
二俣の言っていることの意味が解らず、遼太郎は二俣を凝視した。
「どうせ、みのりちゃんと何処に行こうかって考えてたんだろ?いいじゃん、遊園地で。」
またしても二俣のこの勘の鋭さに、遼太郎は舌を巻く。しかし、二俣が真面目に考えてくれているので、遼太郎の方も真面目に相談する。
「遊園地って、子どもっぽくないかな?」
「うーん。みのりちゃん、大人だからなぁ…。相手が沙希みたいにはいかないか…。」
二俣も険しい顔になって、眉間にシワを寄せた。
「でもまあ、いいんじゃないか?みのりちゃんが、子どもみたいに遊ぶところも見てみたいだろ?」
それも一理ある。そんな風に遊ぶみのりは、どんなにか可愛いだろう。
「うーん、それとも、みのりちゃん、歴史オタクだから、城とか遺跡とかの方が喜ぶかな?」
それを聞いて、遼太郎は思わずプッと笑いを漏らす。
すでに、城跡には初デートで行っ ている。遼太郎はそのことを思い出して笑ったのに、二俣は自分の言ったことが遼太郎に受けたのだと勘違いした。ニヤリとして、いつものイタズラっ子の顔になった。
「そうだよ。みのりちゃん、歴史好きなんだから、いっそのことシルクロードまで行って来たらどうだ?」
「はぁ?シルクロードって、日本史とは関係ないし、何でいきなりそう言うところが出てくるんだよ?遠すぎて、行けるわけないだろ?」
顔をしかめて、真剣に答える遼太郎に対して、二俣は面白そうに白い歯を見せて笑いをかみ殺している。
「それが、そうでもないんだな。砂漠を越えていくシルクロードもいいけど、あるじゃないか。橋本町から隣町へ抜ける県道沿いに…。」
何のことを言っているのか分からない遼太郎は、険しい顔のまま首をかしげた。
橋本町から隣町へ抜ける県道は、吉田高校から高速道路に乗る時に通るので、ラグビーの試合の時にはバスに揺られながら、いつもその車窓の風景は見ているはずだ。
隣町へ抜ける峠道には人家などはなく、ましてやシルクロードなんて…。
――…あ…!
遼太郎の脳裏に、県道沿いに建つ、古めかしく怪しい建物が浮かんできた。そのラブホテルの名前は、確か…「シルクロード」だった。
それに気が付いた瞬間、遼太郎の顔はゆでダコのように真っ赤になった。どう反応したらいいのか分からなくて、 わなわなと震えて二俣をにらんだ。
二俣は、そんな素直な遼太郎の反応が面白くてたまらないらしく、声を上げて笑い出した。
「…お前!何考えてんだ…!そんなところ、行ったりするわけないだろ…!?」
一通り蒸気があがって落ち着いた遼太郎は、二俣をにらんだまま、そう振り絞ると唇を噛んだ。
「嘘だ。いくら遼ちゃんだって、みのりちゃんのことが好きなら、そういうことしたいって思ってるはずだ。」
またしても、二俣に心の底を見透かされていることに、遼太郎は気づいていた。二俣に言われるまでもなく、そういう願望が自分の中にあることは、遼太郎自身が一番よく知っている。
文化祭の迷路の中での感触と、みのりのアパートで見たその胸元は、遼太郎の想像力の源となった。
幾度となく繰り返される遼太郎の空想の中で、服を脱いだみのりは、透き通るほどに白く輝いて、触れることさえも憚られるほど美しかった。
しかし、実際のみのりに相対すると、そんな自分の妄想が恥ずかしくなってくる。手を繋ぐことを考えただけでも、体が震えて思うように動いてくれない。キスをするときだって、自分が何をしているのか分からないような状態だ。
そんな状態でみのりに触れても、醜態をさらしてみのりに呆れられるのが落ちだ。
なによりも、初めて結ばれるのに、街道沿いの
あんなうらぶれたラブホテルにみのりを連れ込むなんて、みのりを侮辱するようなものだと遼太郎は思った。みのりにだけは、そのことばかり考えているような男とは思われたくない。
それはみのりだけではなく、二俣に対しても同じだ。二俣に言われたことに関しては、やはりすんなりとは肯定できない。いくら親友でも、そこまで自分の心を吐露することはできなかった。