お見合い 2
少し頭を冷やそうと、みのりは喜美代のいる庫裏の居間を出て、本堂の方へ向かう。
その途中、客殿の縁側から裏に設えられている庭が見渡せる。手入れの行き届いている日本庭園には、つつじの花が今が盛りと咲き誇り、庭から続く裏山には、初々しい若葉が一斉に萌え出でて、爽やかな風が吹き渡っていた。
みのりは足を止めて、縁側に座りこんだ。
庭でも観て、心を落ち着けようと思ったが、自分でも説明が出来ないいろんな感情が湧きだしてきて、庭の美しいつつじも端正に整えられた枯山水も、みのりの目には映らなかった。
気付いたら膝を抱えて、声を押し殺して泣いていた。
自分でも、どうすればいいのか分からない。
この感情の処理の仕方を。
自分の人生の処し方を――。
きっと喜美代は、みのりのこの状態を見透かしている。こんなに不安定で危なっかしいのだから、母親に心配されて当然なのだ。
「また、母さんとやり合ったのか…?」
顔を上げなくても、父親の隆生だということは、すぐに分かった。
みのりは顔を伏せたまま涙を拭って、泣いていたことをごまかしてから、頭をもたげた。
「…うん。いつものことでね…。」
隆生は深い溜息を吐きながら、みのりと並ぶように縁側に腰かけた。
庭仕事をしていたらしく、いつもの作務衣姿の足元には地下足袋を履いている。この見事な日本庭園は、隆生の手入れの賜物だった。
「今度のお見合いの相手は、前にも写真を見せただろう?町長の息子さんだよ。ずいぶん以前にお前の見合い写真を渡しておいたら、先日になってあちらから『是非に』という話があって…。」
隆生は、喜美代がしてくれなかった事のいきさつを説明してくれた。
「……あんな、昔の写真……。今の私を見たら、きっとガッカリするんだから…。」
先方に渡っている写真は、みのりが大学院を修了した24歳の時のものだ。
隆生は、もう一つ溜息を吐いて、言葉を選ぶように口を開く。
「写真はそうかもしれないが、見合いはそれだけじゃないだろう。向こうだって結婚しようと思ってるんだ。お前の学歴や高校で教員をしていることも見越して、申し込んできたんだと思うよ。町長の息子さんはどこだったかいい大学を出て、今は新聞社で働いているらしい。ゆくゆくは町長さんの跡を継いで、政治の道を志す可能性だってある。そんな人の奥さんになる人は、誰でもいいってわけじゃないからな。」
要するに、ある程度育ちが良く能力の高い女性でないと、結婚相手として似つかわしくないということだ。そしてみのりが、そのお眼鏡にかなったということなのだ。
今度は、みのりが深い溜息を吐いて頭を抱えた。
「……それに、これはお前に言うべきじゃないのかもしれないが、話を持ってきて下さったのは、父さんや母さんが昔から世話になっている人でね。その人も、とてもいい縁談だと言って喜んでくれてるんだ。」
その話を聞いて、みのりは大体の察しがついた。
きっと、御堂さんという人のことだと思う。町内に基盤を持つ、大きな酒造メーカーの社長。その人は、みのりが育った寺の檀家ではなかったが、信徒としてかなりの支援をしてくれている。
それで、喜代美がこのお見合いを断行しようとしていることにも合点がいく。
みのりは頭を抱えたまま、目を閉じて唇を噛んだ。
みのりだって子どもではないから、今の状況がどんなものか理解できる。いわゆる〝大人の事情〟に振り回されることになるけれども、駄々っ子のように逃げ続けていても、どうにかなるようなものではない。
この縁談をあまりにも頑強に拒めば、父親や母親の立場に関わってくるだろう…。
「……分かった……。会うだけ、会ってみる。…お見合いはいつ?」




