お見合い 1
『今度の連休には、必ず、必ず、帰ってくるのよ。お母さん、あなたの顔が見たいから。』
四月からの新しい生活の慌ただしさが、ようやく落ち着く五月に入って、母親の喜美代から、そんな電話を受けた。
いつもならば、何かしらの理由を付けてその難を逃れるのだが、今回ばかりは喜美代から命令されて、半ば強制的に帰省させられた。
親戚の法事などの予定は聞いていなかったので、電話をもらった時から、みのりは嫌な予感が拭えなかった。
そして帰ってみると、案の定――、そこには〝お見合い〟が用意されていた。
予想していたこととはいえ、だまし討ちのようなことをされて、みのりは釈然としない。
どうして喜美代は、そっと見守っていてくれないのだろう。どうして、我が子とはいえ、人の人生にどかどかと土足で踏み込んでくるようなことをするのだろう。
お見合いならば、以前一度だけしたことがある。その時は、まだ大学院を出たばかりで、大学の教授の紹介で得た県立史料館のアルバイトの仕事しかなく、実家にパラサイトしている状態だった。
その時と今とでは、状況が違う。猛勉強の末、採用試験に合格し、れっきとした一人前の教諭となった。敢えて結婚をしなくても、独りで十分に生活していける。
「結婚、結婚」と連呼する喜美代は、みのりが結婚をすれば本当に幸せになれると思っているのだろうか。それよりも、みのりに子どもを産ませて孫を持つことで、自分の人生が完成されるかとでも思っているように、みのりには感じられた。
自分で相手を見つけて、胸を張って両親に紹介できたらいいのに…と、みのりは何度思ったことだろう。
けれども、以前好きだったのは妻子持ちの男性で、今胸を焦がすのは年端もいかない元生徒だ。
好きになってしまう前に、打算でもって男性を選別できるしたたかさが、みのりには欠如していた。結婚して、そこに自分の居場所と幸せを見つけようとしている一般的な女性は、初めからそんな男性を好きになったりしないだろう。
こんなふうに結婚のことが持ち出されると、今のみのりの思考の中には、否が応でも遼太郎のことが立ち込めて、彼でいっぱいになってしまう。
遼太郎と結婚なんてできないことは、初めから解っている。みのりだって、初めからそれを望んでなどいなかった。
それでも、愛しく想うのは遼太郎だけだ。心の大部分は遼太郎が占めていて、他の男性がそこに入り込む余地などはない。
何よりも、他の男性と結婚してその男性に抱かれる――遼太郎以外に触れられることなど、到底みのりには耐えられそうになかった。
結婚する気などさらさらなく、断ることは目に見えているのにお見合いをするなんて、相手に対してそんな失礼なことはできない。
それを、今回ばかりは喜美代にはっきり言っておかなければならないと、みのりは対決する覚悟を決めた。
「…お母さん。私、今は結婚する気がないの。だから、もうこんな風に勝手なことして、縁談を取り付けて来ないで。」
みのりのこの物の言い方に、喜美代もカチンときたみたいだ。
「勝手なことって…!あなた、結婚もせずにずっと独りで生きていくつもりなの?お父さんやお母さんは、あなたのことが心配だから…。」
「心配するには及ばない。私は独りでも生きていけるから。」
「そんなこと言って…!今は良くても、20年後30年後に後悔することになるんだから。その時のことを考えてるの?」
「考えてるわよ。ちゃんと考えてるし……私の人生だから、私のことは私が決める。もし、結婚するにしても、相手はちゃんと自分で見つけるから。」
「自分で見つけるって、見つける気なんてないでしょう?結婚はね。ちゃんと初めからその気になって、それに見合った相手を自分から探さないとできないものなのよ。あなたがいつまでも自分でどうにかしようとしないから、こうやってお母さんが探してあげてるんじゃない……!」
喜美代は感情が高まってしまったのだろう。言葉の最後の方は目に涙を浮かべて声を震わせていた。
この一、二年、喜美代と顔を合わせるたびにこの話題になり、少なからず険悪な雰囲気になってしまう。そうなってしまうのが解っていながら、この日のみのりは自分を制御できなかった。
この話題を持ち出す日頃の母親への鬱憤と、遼太郎を失ってしまった不安と彼への行き場のない募る想いを持て余して……、それらが自分の中でぐちゃぐちゃに相まって、みのりに冷静な言動をさせなかった。