あなたのためにできること 6
それから、みのりが大学での新生活のことについて、遼太郎へいろいろと話題を振ってきた。
遼太郎も、そんなみのりにいきなり襲い掛かるわけにもいかず、抱きしめるタイミングを逸してしまって、しょうがなく話題について答えるしかなかった。
こうしている間にも、時間はどんどん過ぎ去っていく。
離れ離れになる前に何とかして、みのりと深く結びついて絆を作りたいと思っている遼太郎は、ただ今は焦っていた。肝心のみのりと話をしていても、半分は上の空だった。
遼太郎にとって大学は、何も希望がないというわけではないが、あまりにもこの芳野への延いてはみのりへの執着が強すぎて、なかなか喜び勇んで向かうことのできる場所ではなかった。
みのりに励まされ、必死で受験勉強をしていた時には、あんなにも「行きたい!」と思っていた大学なのに…。
みのりは大学の教育課程についても、いろいろと教えてくれた。
まず時間割は、自分の取得しなければならない単位に応じて、自分で組み立てなければならないこと。それに、他学部に聴講へ行ったりして、いろんな資格を取れたりすることなど。
「大変だとは思うけど、できたら教職資格は取っておいた方がいいかもね。私みたいに、いざとなった時には役に立つかもしれないし。」
みのりがそうアドバイスすると、遼太郎はそれに少し興味を持った。
「…先生の資格?環境学部で取れるんですか?」
「うーん…。調べてみないと分からないけど、環境学部なら公民科の教職免許が取れるんじゃないかな?法南大学は教育学部も持っているから、そこに聴講に行って、資格を取るって形になると思うけど。」
「先生もそうやって資格を取ったんですか?」
「そうよ。私の場合は文学部だったから、同じ大学の教育学部に通ってね。大学の教務課で訊いたり、先輩に訊いたりしたら、教えてくれると思うよ。」
そんな話を聞いていると、遼太郎は大学時代のみのりのことが知りたくなった。それを詮索するために、いろんな質問が飛び出してくる。サークルのことや友達のことなど。
一番訊きたかったのは、以前も少し話題に出た〝彼氏のこと〟だった。
前に聞いている彼氏以外にどんな人と付き合ったのか。そして、その彼氏といつどんなふうに、…深い関係になったのか…。
しかし、それについては遼太郎もなかなか言い出せず、みのりもそこには敢えて触れようとしなかった。
チラリとみのりが時計へと目を向ける。遼太郎もその動作を受けて、時刻を確かめた。
4時25分を指す針を見て、遼太郎の焦燥はいっそう強くなり、心臓が激しく脈打ち始めた。
「さぁ、もう4時半になるね…。」
そう言いながら、みのりはテーブルに手を突いて立ち上がり、クローゼットの中からカーディガンを取り出して腕を通した。チェストの上のトレーにあるアパートの鍵を手に取って、遼太郎へと振り向く。
「途中まで、送るね。」
みのりは笑顔を作ろうとしたのだろうが、上手くいかなかった。感情を表に出すまいとしているのが、こわばった表情に現れ出ている。
遼太郎は座ったまま、みのりのその表情を見上げた。動くことが出来ずに、おもむろに玄関の方へと向かうみのりを、ただ黙って見守っている。
みのりが普段履きにしているバレエシューズに足を入れ、玄関の鍵を開け、ドアノブを回して今まさに外に出ようとしたその時、追いかけてきた遼太郎がみのりの背後から腕を伸ばして、また鍵をかけた。
「……!?」
みのりが驚いて振り返った瞬間、その体が遼太郎の腕の中へと包み込まれる。遼太郎は腕に力を込め、きつくみのりを抱きしめた。
こんなふうに抱きしめられると、遼太郎への想いがとめどもなく溢れ出てきて、みのりの心が切なく叫び始める。
――……この人が好き…!遼ちゃんが好きよ……!!
遼太郎の腕と胸に抱擁されながら、こだまのように何度もこの想いが、みのりの中に響き渡る。けれども、みのりはそれを声に出すまいと、遼太郎の胸に顔を押し付け、唇を噛んで必死でそれを思い止まった。




