あなたのためにできること 5
遼太郎の優しい表情と言動に、一気にみのりの心臓が跳ね上がった。
みるみる間に赤面し、何か言おうとしているが、口をパクパクさせて何も言葉にならない。
そんなみのりをどうしようもなく愛しく感じて、抱きしめてしまいたい衝動が遼太郎の中に起こってくる。
部屋の中は二人きりで、誰も何も遼太郎の行動を阻む存在などない。
だからこそ、一度行動に出てしまうと、自分の中に渦巻く欲望の端緒が切られて、行動がエスカレートするのを止められなくなるだろう。
折しも、今はソファに腰かけている。抱きしめてキスをして、その先の欲望が止められなくなっても、このままここでみのりを組み敷いてしまえばいい…。
そこまで思いが至ると、遼太郎の鼓動は、一気に速く大きくなる。みのりを捉える視線にも、熱が帯びてくる。みのりはその視線に射抜かれて、赤くなった顔を逸らし体を硬くした。
遼太郎が卒業アルバムを閉じ、自分の中の衝動を行動に移すか否かを迷っていると、遼太郎の眼差しに耐えられなくなったみのりが、逃げるようにソファを立った。そして、テーブルの上にあったプリンが載せられていた皿を片付け始める。
それにより遼太郎の欲望は挫かれてしまったが、張りつめていた緊張からも解き放たれる。遼太郎は息を吐いて、チェストの上に置かれた時計に目をやった。
楽しく過ごす時間は本当にあっという間で、特に何をして何を話したというわけでもないのに、時計の針はもう3時を指そうとしていた。
「…先生。夕方って言ってたけど、何時まで居てもいいですか?」
遼太郎にそう声をかけられて、みのりは皿を洗う手を止めた。
送別会は6時半からなので、5時から準備をしても十分間に合う。けれども、その前にみのりはしなければならないことがあった。
唇を噛んで、覚悟を決める――。
「うん…。4時半くらいまでかな?」
手が震えて皿を落としてしまい、ガチャン!と激しい音が鳴った。
「…大丈夫ですか?」
居間の方から台所を覗き込み、心配そうに遼太郎が声をかける。
「うん。割れてないから、大丈夫。手が滑っちゃった…。」
そう言いながら、みのりは振り向くことはできなかった。
――…泣いちゃダメ!今日は絶対に、泣いちゃダメよ…!!
必死で自分にそう言い聞かせて、涙を堪える。
あと1時間半しか、一緒にいられない…。その現実が重くのしかかってくる。
本当ならば、この前の遊園地の時のように、遼太郎の胸の中に飛び込んで、抱きしめられたい。遼太郎の腕に包み込まれて、あの安堵感の中で残りわずかな時間を過ごしたいと思った。
遼太郎の情熱に身を任せて、すべてを捧げたいと思っているのは、みのりも同じだった。
けれども、そうしてしまうと、みのりは自分が抑えられなくなってしまうと自覚していた。遼太郎の側にいるためにすべてを投げ出して、遼太郎を追って東京へ行ってしまうだろう…。
皿を洗い終わったみのりは、笑顔という仮面をかぶった。
抱き締められることが叶わないなら、せめて残りの時間は楽しく――、笑い合って過ごしたかった。




