あなたのためにできること 4
3時間近くかけて作ったありがたい味の料理たちだったけれども、それらはあっという間に遼太郎の胃袋の中に納まってしまった。
「これ、作ってたから、デザートに食べようね。」
と、食べ終わった食器を片づけた後、みのりが冷蔵庫からプリンを取り出して、皿によそった。
買ってきたものではない、みのりが自分で手作りしたものだ。今日のためにみのりがいろいろと準備をしてくれていたことに、遼太郎は胸がいっぱいになってくる。
台所に立っているみのりを後ろから抱きすくめたい衝動に駆られたが、今それをするとプリンが載ったお盆をひっくり返してしまうので、必死でそれを思い止めた。
「先生、これ。見せてもらっていいですか?」
先にプリンをぺろりと食べてしまった遼太郎が、本棚に芳野高校の卒業アルバムを見つけて指をさした。卒業アルバムといっても、遼太郎が芳野高校に入学する前のものだ。
「いいけど、3年前のよ。知ってる人がいるの?」
みのりが本棚を振り返って、そう声をかける。
「います。3年前の先生が見たいんです。」
遼太郎の意図を理解して、みのりはゴクリと口に含んだ紅茶を飲み下した。
「…いや、あんまり今と違わないと思うけど…。というより、その時の写真あんまり写りがよくなくって…。」
歯に何か挟まっているかのように、みのりは恥ずかしそうにごにょごにょ言いながら、視線を紅茶に移し、再び紅茶に口を付ける。
遼太郎が職員写真の中見つけた作り笑いをするみのりは、知らない人のように思えた。確かに今より3歳は若いのだろうが、遼太郎には、今目の前にいるみのりの方が数倍綺麗に感じられた。
それは、みのりの生き方のせいだろうか。
それとも、自分に愛されて自分を想ってくれているからだろうか…。
遼太郎は、もっとみのりのことが知りたくなった。
自分と出逢う前は、どんなふうに生きてきたのだろうかと。どんなふうに生きて、今のみのりがここに存在しているのかを。みのりのことのどんな些細なことでも、逃さずに全部知っておきたいと思った。
そして、数冊ある卒業アルバムの中に少し古ぼけたものが1冊あることに、遼太郎は気が付く。手に取ってみて、それはみのり自身が高校を卒業する時のものだと分かった。
「あっ…!それ!!」
と、焦ってみのりが駆け寄ってくる。
「見るの?見るつもり…!?」
本棚の横に立っている遼太郎を見上げて、みのりが確かめる。
「もちろん。高校生の時の先生に、興味あるし。」
遼太郎はニンマリと笑って、それに応えた。
ソファに座りなおして、遼太郎がアルバムを開くと、みのりも観念したように隣に座って一緒にそれを覗き込んだ。
自然なみのりの動きに対して、遼太郎の体が不自然に反応する。体と体が接しているわけではないのに、隣にいるみのりの存在を意識して、遼太郎の右側が熱くなってくる。
腕を伸ばしてみのりを抱き寄せて、二人の間のわずかな隙間をなくしてしまいたいと思ったけれど、それをしてしまうときっとそれだけでは終われない。
それに今は、自分の欲望よりもみのりの過去を知ることが、遼太郎の中では優先された。もやもやした欲望の方を意識の外に追い出して、手にある卒業アルバムに目を落とした。
まず、個人写真のみのりを見つける。前髪を真っ直ぐ揃え、ポニーテールにしたみのりは、高校3年生とは思えないほど、あどけなさが残っている。
クラス写真や授業風景の中にもみのりを見つけ出して、みのりも自分と同じ道をたどって高校を卒業していったことに気付く。
体育大会の時のスナップの中に写る小さなみのりまで、遼太郎は探し出すことができた。
棒引きをしている体育着姿のみのり。他の女子に引っ張られてコケそうになっている一瞬をとらえたその写真を見て、思わず遼太郎は笑いをにじませた。
「…昔からドンくさいんだなぁ…って、今思ってるでしょ?」
遼太郎の口元がほころんだのを見て、みのりがそう指摘する。
「いや、先生は昔から可愛かったんだなぁ~…って思ってたんです。」
そう言いながら、遼太郎の口元はますます歪んだ。
「ウソよ…!そんなふうに思ってるような顔じゃないもん。」
自分のドンくさいことが話題に上って、こんなふうにムキになるみのりも、遼太郎にとっては愛しくてたまらない存在だ。
可笑しさからくる笑いを優しい微笑みに変えて、言い直した。
「ホントです。でも、昔の先生より今の先生の方がずっと可愛いです。」
それは遼太郎の本心だった。
高校生の時のみのりを見て、確かに可愛いとは思ったが、それはクラスメイトを捉えるのと変わらない。
この時から12年の時の間に色んな悲喜を経験し、それらを昇華し醸している今のみのりからは、透き通るような美しさと可憐さが感じられる。
恋をして愛しいと思えるのは、今目の前にいるみのりではなければ叶わなかった。




