あなたのためにできること 3
「さあ、お昼ご飯。作りましょうか?」
早速みのりがそう提案すると、遼太郎は目を丸くした。
「もう、作るんですか?」
「『もう』って、もう10時過ぎてるじゃない。今くらいから作り始めないと、お昼にご飯が食べられないわよ。」
「案外、時間がかかるんですね…。」
「今まで、出来上がってるのを食べるだけだったんでしょうけど、これから料理をするようになると、お母さんが作ってくれてたありがたさが解るようになるね。」
ニッコリ笑うみのりに、遼太郎はもう一度肩をすくめた。
「今日は私がしっかり教えてあげるから。覚えておいて、一人でもやってみてね。」
こんなみのりの口調に、遼太郎は個別指導してもらっている時のことを思い出した。生徒が出来るようになるために、いろんな提案をしてくれて、当事者以上に頑張ってくれるみのりのことも、遼太郎は大好きだった。
「俺、ほとんど料理なんてしたことないけど…。」
自信がないことを表して遼太郎がつぶやくと、みのりが冷蔵庫の中から材料を取り出しながら振り返る。
「大丈夫よ!遼ちゃんはあれだけラグビーができるんだから。きっと料理もできるはずよ!」
「は?!ラグビー?…って、それは関係ないんじゃないですか?」
相変わらず突拍子もないみのりの発想に、遼太郎は笑いが込み上げてきた。
「関係ないかもしれないけど、高校からラグビーを始めてあれだけ上手になったんだから、料理だっておんなじよ。大学入って、学食のランチとコンビニ弁当でずっと暮らすつもり?それが嫌だったら、自分で作るしかない……」
と言ったところで、みのりが言葉を潰えさせた。
遼太郎がその様子の変化に気づいて、無言でみのりを覗き込む。
「まあ…、彼女に作ってもらうってこともあるかもしれないけど…。」
そう言うみのりの視線が宙を漂う。
遼太郎はその「彼女」の意味を解しかねて、目を瞬かせた。どうも、みのりは自分自身のことを指して言っているのではないらしい。
みのりという存在がいるのに、どうして他に彼女を作ったりするだろう…?そんな疑問が渦巻いて、遼太郎がつぶやく。
「…彼女って…?」
遼太郎の顔の曇ったので、みのりはそれに気づかないふりをして声をかけた。
「さあ、作るよ!まずはご飯を仕掛けなきゃ。お米量ってくれる?」
気を取り直すようにみのりが笑顔を作ると、遼太郎はそれ以上のことを確かめることも出来ず、軽く息をもらして腕まくりをした。
みのりの考えた献立は、ハンバーグにポテトサラダ、それにコンソメスープというもの。
遼太郎にはハンバーグはちょっと荷が重かったが、その他のものはどれも遼太郎が一人でも出来るように、市販のスープの素や冷凍野菜を使って簡単にアレンジされていた。
何事もまじめに取り組む遼太郎は、ここでもそのまじめさを発揮して、みのりの言うことをよく聞いて、根気よく作業をした。
涙を堪えながら玉ねぎのみじん切りをする遼太郎だったが、みのりも極力自分が手を出すのを我慢して、遼太郎が最後までそれをやり通すのを側で見守った。
ハンバーグに限らず、作業のほとんどは遼太郎が行い、一緒に作るというより、みのりが指示して遼太郎が作った昼食だった。
「さあ、できたね。食べようか。」
みのりは盛り付けられた皿をお盆に載せ、それを居間のテーブルへと運ぶ。テーブルの上は、遼太郎が作業をしている間に、みのりによってきれいにセッティングされていた。
そこに置かれた料理を改めて見て、遼太郎は自分の手が最初から作ったものだとは到底信じられなかった。
「美味しそうにできたね。食べてみてもいい?」
尋ねられて、ハンバーグに見入っていた遼太郎はみのりへと視線を移す。
「もちろん。食べてください。」
遼太郎がそう言って頷くと、みのりはニッコリと笑って手を合わせた。箸を取るみのりが、もう一度遼太郎に訊く。
「…遼ちゃん、食べないの?」
「…いや、なんか。作るのに疲れて…。」
「作るのに疲れて、お腹いっぱい?」
みのりはハンバーグを箸先で割りながら、正面に座る遼太郎を可笑しそうに見上げた。
「とんでもない!お腹はペコペコです。頂きます!」
と、遼太郎も手を合わせ箸を取り、一口ハンバーグを口に放り込む。
「うまい!!自分で作ってこんなに美味いなんて、びっくりです。」
「いきなりハンバーグなんてどうかなって思ったけど、上手にできたね。頑張れば、いろいろ作れるようになるだろうから、難しく思わないでチャレンジしてほしいな。一人暮らしの男の人は、食生活が一番心配だからね。」
日本史の個別指導をしてくれたように、みのりは自分のことを思いやって料理の特訓をしてくれたのだと、改めて遼太郎は痛感する。それが分かると、このハンバーグはただ美味しいだけでは言い表せない味になった。




