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Rhapsody in Love 〜幸せの在処〜  作者: 皆実 景葉
あなたのためにできること Ⅰ
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あなたのためにできること 2



 春休み中なので、この日は離任式が終わればそのまま放課となるのだが、離任する教師が担任や副担任をしていたクラスの生徒たちは、教室に入って別れのホームルームをしているようだった。

 職員室の澄子の周りにも、卒業生たちが来ていて、楽しそうに談笑している。その手には、小さいながらも可愛い花束があった。



 かねてより離任式後に年次休暇を取っていたみのりは、職員室のざわめきの中で帰り支度を始める。



 早く、誰もいないところで、遼太郎と二人きりになりたい…。



 遼太郎を想って落ち着かなくなる反面、そんなことの全てを覆い尽くしてくれるのも、遼太郎の存在だった。

 遼太郎と二人でいられさえすれば、みのりの全ては満たされて、嫌なことも憂いごとも消え去ってしまう。早くその圧倒的な安心感の中に、自分を投じたかった。



「みのりさん。帰るの?」



 荷物を持って職員室を出て行こうとするみのりに、澄子が声をかけた。



「うん、この後用事があって。」


「あら~、今日はゆっくり一緒にランチでも…と思ってたのに。」



 澄子は消沈した面持ちで、そう言った。

 澄子はみのりと二人きりになって、遼太郎とのことを聞き出そうと目論んでいたのだが、あっけなくその計画は崩れてしまった。



「…ごめんね。でも、今晩の送別会には行くから、2次会か3次会でどこかカフェでも行こうよ。」


「うん…、そうだね。」



 みのりが気を取り直すようにそう言っても、澄子は歯切れの悪い返答をする。送別会の後となると、誰かしら一緒にいて、二人きりになるのはまず無理だ。


 みのりは立ち止まって、澄子の浮かない顔を、疑問を含んで見つめた。



「あっ、そうだ!みのりさん。今晩、みのりさんの家に泊めてほしいの。頼んどくの忘れてた。」


「うん、いいよ。澄ちゃん、もうアパート引き払ってるんだよね?…私も、その方が助かるかも…。」


「ありがとう。そう、助かる…って。え?みのりさんが?」



 澄子が首をかしげていたが、みのりはそれに少し寂しそうに微笑んで応え、手を振って階段を下りていった。



 自動車で帰宅している途中、視界の中の一つの存在が際立って、みのりの意識の中に飛び込んできた。


 あの後ろ姿は、遼太郎だ。自転車に乗って、みのりのアパートの方へと向かっている。

 側を通り過ぎる時に、軽くクラクションを鳴らして手を振った。それに気づいた遼太郎が、顔を向けてニコリと笑う。その顔に反応して、いつものように胸がキュンとするのを感じながら、みのりは家路を急いだ。



 帰り着いて、いつもみのりが最初にすることは、腕時計を外しストッキングを脱ぐこと。これをしないと仕事仕様の自分からリセットできない。


 遼太郎がやってくるまでに着替えを済ませておこうと、ジーパンとブラウスを引っ張り出し、仕事着を脱いだところで、ドアのチャイムが鳴った。



「うそ!?もう来たの?」



 下着姿なので、見られているわけでもないのに、意味もなく焦ってしまう。あたふたとジーパンをはいて、ブラウスを羽織る。



「遼ちゃん?!ちょっと待ってね。」



そう声をかけながらブラウスのボタンを留め、ようやくドアを開けられた。


 ドアの向こうには、少し息を荒げ、肩を上下させる遼太郎が立っている。



「どうしたの?すごく早くない?」



 みのりが驚くさまを見て、遼太郎はまたニコリと笑った。



 ドアを大きく開いて、遼太郎を迎え入れながら、



「ホントに自転車で来た?それともワープ?」



と、冗談を言っていたが、遼太郎はそれに反応するよりもみのりの胸元に視線がくぎ付けになった。


 その視線に気が付いて、みのりも自分を確かめる。首周りのシャーリングを調節する紐を結んでおらず、胸元と片方の肩が開放状態になっている。



「……!!」



 途端にみのりの顔が赤くなる。

 遼太郎も自分の赤面を逸らして、みのりが急いで紐を結んでいるのを見ないようにした。



 奥の部屋に通されると、そこには脱ぎ散らかされた洋服があった。



「わわっ!見ないで!」



 みのりは焦って洋服をかき集めて、洗濯機のある脱衣所へと持っていく。

 しかし、カーペットの上には薄いベージュのストッキングが残されていた。遼太郎がドギマギしながらそれを指摘するべきか迷っていると、みのりが戻ってきて、急いでそれを拾い上げた。



「……遼ちゃん。早く来すぎよ。」



 みのりが言い訳するように上目づかいでそう言うと、



「すいません…。時間がもったいなくって…。」



と、遼太郎も肩をすくめた。



 遼太郎はいつも、みのりとは1分でも1秒でも長く一緒にいたいと思っている。


 自転車を全力でこぎながら考えていたことは、みのりがドアを開けてくれた瞬間に、みのりを抱きしめてしまおうということ、ただ一つだった。


 でも、実際のみのりに相対してみると、みのりの気高さとあまりの可憐さに、遼太郎の思考も体も硬直してしまう。


 最初はそんなふうに、遼太郎にとってみのりは、恩師と恋人の境界にいるような存在だ。二人のだけの時間が熟成され、みのりが自分のへの深い想いを表現してくれて初めて、遼太郎は呪縛が解けてみのりを抱きしめられた。




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