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Rhapsody in Love 〜幸せの在処〜  作者: 皆実 景葉
あなたのためにできること Ⅰ
33/199

あなたのためにできること 1




「次に勤務する学校は、農業高校だから、ちょっとのんびりできそうよ。」



 離任式の朝、みのりは職員トイレで一緒になった澄子に、そう話しかけられた。



「そうか、実業系の高校だと、五教科の教員はどっちかと言えば蚊帳の外よね。でもその分、余裕をもって生徒一人一人とじっくり向き合えそう。それに、農業なんて、違う世界が覗けて楽しそうだよね。」



 みのりは、課題のチェックや考査などの業務に忙殺される毎日を思い起こして、そういう芳野高校の毎日から解放される澄子が少し羨ましかった。



「うん、そうだね。でも、芳野どころじゃない、すごい田舎よ。」


「だけど、素朴でいい子も多そうだし。」



 ニッコリ笑って澄子を送り出そうとしてくれているみのりを、澄子はじっと見つめて言葉をためた。


 澄子が言い出そうかと迷ったのは、澄子にとって“素朴でいい子”の象徴のような遼太郎のことだ。


 多分――、みのりは遼太郎から切ない胸の内を告白されているはずだと、澄子は思いを巡らせていた。それに対して、みのりはどう答えたのか…。

 みのりも遼太郎を想っているはずだけれど…。



 みのりが打ち明けてくれるのを澄子は待っていたのだが、みのりは遼太郎のことについて何も触れることはなかった。



「……何?澄ちゃん?!」



 視線に戸惑ったみのりが、澄子を覗き込む。澄子は、やはり遼太郎の話題を言い出せず、恥ずかしそうに肩をすくめて思いとは違うことを持ち出した。



「…いや、3の1の子たち、今日は来てくれるかなぁ~って思って。」



 澄子が担任していたのは3年生なので、大学進学などで、この時期はもう芳野に残っていない子も多い。離任式をしても、名残を惜しんでくれる生徒たちがいないと寂しいものだ。


 しかし、澄子の心配を聞いたみのりがまた、ニッコリと笑った。その笑顔に、澄子は女ながらに見とれてしまう。



「大丈夫。少なくとも一人は来てくれるよ。」


「一人…?」


「うん。りょ…、じゃない。狩野くんが来るって言ってたから。」



 その言葉を聞いて、澄子の勘がひらめいた。卒業式の後も、みのりが遼太郎と連絡を取り合っているという証拠だ。

 澄子の胸が、自分のことのようにドキドキと高鳴ってくる。


 キーンコーンカーンコーン……。


 事の真相を聞き出したかったが、職員朝礼が始まるチャイムが鳴り、結局そのまま機会を逸してしまった。



 離任式は、卒業式とは違って門出を祝すものでもなく、少し寂しい気持ちになる。


 去年までのみのりは、任期が1年の講師だったので、馴染んだ仲間や生徒たちに別れを告げるために、毎年のように離任式の壇上に上がらなければならなかった。


 今年は送り出す側になったとはいえ、縁あって毎日顔を突き合わせて働いていた同僚たちが、明日からもう別々の場所に勤務することになると思うと、やはり心にポッカリと穴が開くようだった。



 特に、澄子がいなくなることが、寂しくてたまらない。この1年間、どれだけ澄子がみのりのことを助けてくれただろう。

 壇上にいる澄子が、演説台の前に立って最後のあいさつをするとき、みのりはその寂しさのあまり涙ぐんでしまった。



 生徒たちの方へと目を向けると、私服を着た卒業生たちも何人か来ているようだ。みのりは目を凝らしてその中の遼太郎を探したが、1年生の方からはなかなか見通せず、離任式の最中は見つけられないままだった。


 そこにいると分かっていると、どうしてもその愛しい姿を追い求めてしまうけれど、この時遼太郎が見えなくて、みのりは少しホッとした。


 自分の中にある決意を行動に移すかどうか、みのりはまだ迷っていたが、その決意は時を追うごとに大きくなっていっている。

 この決断が心に過った時から、遼太郎のことを少し考えただけで、こうやって心が切ない叫びをあげて落ち着かなくなってしまう。


 今は仕事中だと、必死で自分に言い聞かせて、みのりは遼太郎を想って浮かんだ涙を押し止めた。




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