切ない心の中 4
春休みはまず、来年度の体制を決めるため、異動する教員を除いての職員会議が行われる。
来年度みのりは2年目なので、今いる学年部に残って2年部に入るか、新たに入学してくる1年生の担任に収まるものと思っていた…。
ところが、案として出されていたのは、3年生の副担任だった。担任陣は今の体制のままで行きたいが、入試要員のためにどうしてもみのりを3年部に入れたかったみたいだ。
全然関わりのなかった学年部に突然入れられることに、みのりは不安を感じたが、今年みたいに1年の授業と3年の入試指導を掛け持ちするより、やりやすいかもしれない…とも思った。
大体の教員の配置が決まると、今度は教務部の大仕事、時間割の作成が待っている。
3学年9クラス、常勤や非常勤の講師をも含めた総勢70人余りの教員の1週間の動きを決めていく。
時間割作成用の大きなボードがこの時のためだけに用意され、新旧教務部の職員たちは小会議室に籠って作業にあたる。といっても、異動する教員は含まれないので、働ける教員の数は意外と少ない。
大きなボードには、一番左側の一列に教員の名前の書かれた駒がはめられており、そこから右へと辿ると、どの教員が月曜日の1限から金曜日の6限までどのクラスの授業に行くのかが把握できるようになっている。
時間割作成のための便利なパソコンソフトがありそうなものだが、芳野高校は未だにこんなアナログな方法を取っていた。
まず、ボードの中の異動していなくなる教員の駒を抜き取り、油性ペンで書かれている名前をベンジンで消し、新しく着任する教員の名前を書き込んでいく。
そして、すべての科目の駒が抜き取られて、新たな時間割を組んでいくわけだが…。
3年生の私立系の選択授業は5科目から選択するようになっていて、2クラスで5解体、つまり5人の教員が同時に動かなければならない。同じように、地歴科や理科でも2クラス3解体という場合もある。一人の教員の仕事の配分なども考えながら時間割を組む作業は、パズルを解くようにとても難解で骨が折れる。
作成途中で、決まっていなかった非常勤講師が決まり、その講師が勤務できる曜日が限定されてたりすると、調整のために再び組みなおす。
こちらの不具合を直すと、別のところに不具合が生じる…そんな繰り返しで、かなり神経をすり減らして作業に当たらなければならなかった。
「…ダメです、これじゃ。木曜日、古庄先生が1限から5限までぶっ続けで授業が入ることになる…!」
みのりがボードを指さして、そう指摘する。
「ああぁ~~!!」
ボードを囲んでいた数人の教員が頭を抱えて絶叫した。
「もう、いいよ。古庄ちゃん若いんだから、そのくらいできるだろう?」
「その分、他の日にラクができるし。」
作業に嫌気がさしてきて、教員たちの間にそんな無責任な言葉が飛び出してくる。
「ダメです。そもそも、1日に5コマなんて多過ぎます。こんな日に出張なんかが入ったら、授業措置が大変になるでしょう?」
紅一点のみのりにそう言われて、男性教員たちはため息を吐き、そして英語科の板井が口を開く。
「魚住先生、数学科だろ?こういうの得意なんじゃないの?」
「俺ぁ、微分積分は好きだけど、パズルは好かん。」
「はいはい。ちまちま計算するのが好きなわけね。」
「あっ!バカにしたな。微積を解いたその向こう側には宇宙を感じるんだぜ。」
そういう雑談を聞きながら、みのりはせっせと問題のあるところの駒を抜いて、もう一度組みなおしていく。もう3日もこういう状態が続いているから、皆の根気ももう限界状態だ。
けれども、みのりは少しでも作業を進めておいて、遼太郎と約束したように、何とかして休みを取りたかった。遼太郎はあれから何も言ってこないが、きっと連絡が来るのを待っているはずだ。
休みを取りたいことを切り出そうかと思っていた矢先、切り出す相手の教務主任加藤から声がかかる。
「仲松さん、頼んでた生徒の名簿の件、印刷いつ上がるって?これは新年度始まって、すぐに要るからね。」
作業の途中で、みのりは書類を置いている机まで行き、手帳をめくって確認する。
「ええと…。4月の4日になるって言ってました。」
こんなふうに、何かと加藤に頼られるのも、なかなか仕事を抜けられない理由の一つだ。
当の加藤は、あまりにも煩雑な業務が大量にあって右往左往とし、結局何も手についていない。何か落ちがあっては大変なことになるので、みのりは色んなことが気にかかって加藤の側を離れられなかった。
教務部の教員でも、春休みで家族旅行をするからと言って、ずっと休みを取っている者もいる。
みのりもそんなふうに、自分の都合を優先させて、加藤の了解も取らずに年次休暇を取ることも可能だったのだが、他の教員が大変な思いをすることが分かっていて、仕事を投げ出すことはできなかった。




