切ない心の中 1
泣いていたらしいみのりが気になっていた二俣は、みのりを何とかして笑わせようと必死になった。
「みのりちゃん。みのりちゃん。知ってっか?試合をした後は、穴という穴から砂が出てくるんだぜ!」
二俣のその言葉に、他のラグビー部員たちからドッと笑いが起こった。
「そうそう、特に今日みたいに砂煙にまみれた時なんかは!」
「家に帰っても、最初に風呂に追いやられるし。」
「洗濯機が泥と砂で壊れる…って、言われたこともあるかな。」
ラグビー部員たちは、自分たちの汚れ自慢を始める。汚れることを嫌がっている風は全くなく、却ってそれを勲章のように思っているみたいだった。
「遼ちゃんだって、あんなに涼しい顔してっけど、家に帰ると出てくるんだぜ。おぞましいものが…!」
そう言われて、みのりが疑問に首をひねると同時に、遼太郎の方が眉根を寄せて口を開いた。
「何だよ。おぞましいものって?」
「…真っ黒な、鼻くそ!!」
「ギャハハハ…!!」
二俣のその一言に反応して、同じ経験のあるラグビー部員たちの更なる大爆笑で、周りは騒然となった。
底抜けに明るいラグビー部員たちの中で、みのりは釣られて笑顔になる。けれども、心に差した影は、そんなことくらいでは拭い去れるものではなかった。
二俣は、心の底からみのりが笑っていないことに気が付いて、顔は笑いながら気分は浮かなかった。
その時、江口から集合の号令がかかり、部員たちは江口を囲んで輪になった。そして江口からの話が終わった後、グラウンドに向かって整列し、礼をして、今日は解散となった。
「先輩!俺らこれからお好み焼きを食いに行こうって言ってるんすけど、一緒にどうですか?」
礼をした後、荷物のところへ歩く二俣と遼太郎を追いかけてきて、宇津木が声をかけた。
「お前ら…、差し入れをあれだけ食っといて、まだ食うのかよ!それに、こんな砂埃だらけで食いもの屋に行ったら、嫌がられるぜ。」
呆れたような二俣の物言いに、宇津木も極まりが悪いような顔になる。
「…って、俺らも当然食いに行くに決まってんだろ!!なっ?遼ちゃん♪」
と、打って変わって、二俣は同意を求めて遼太郎を振り向いた。しかし、即座にみのりの存在を思い出す。
遼太郎がこの後、みのりと予定があったかもしれないと気を回した二俣は、遼太郎へと耳打ちした。
「…みのりちゃんも誘えよ…!」
そう言われても遼太郎は、みのりをそこへ連れて行くと必然的に奢らせることになるのでは…と懸念した。
しかし、それを懸念するよりも、当のみのりの姿が見当たらない。遼太郎と同時にそれに気づいた二俣が、声を上げた。
「みのりちゃんがいないぜ?まさか、帰ったのか?」
そう言いながら、マネージャーのところへ、所在を確かめに走って行った。
「…みのりちゃん、用事があるからって帰ったらしい…。」
戻ってきた二俣は消沈した面持ちで、遼太郎の様子を窺った。
何も言わずに帰ってしまうなんて、みのりの様子がおかしいのは気のせいではないらしい。
先ほどのみのりの声の響きを思い出して、遼太郎は後悔で唇を噛んだ。
遼太郎は自分の感情を二俣に読まれまいと懸命になったが、勘の鋭い二俣には隠しようがなかった。
「…ま、遼ちゃん。とりあえずお好み焼き食いに行こうぜ。話はそれからだ。」
二俣は、息を抜きながら遼太郎の肩を叩いた。
できることなら、二俣に自分の中に渦巻いていることの全てを打ち明け、相談したかった。しかし、遼太郎の悩みはあまりにも深く混沌としていて、どれも切り出せるようなものではなかった。