表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Rhapsody in Love 〜幸せの在処〜  作者: 皆実 景葉
練習試合
27/199

練習試合 7




 耳元で囁かれた遼太郎の言葉に、みのりの息が止まる。

 みのりを深く想うがゆえの遼太郎の言葉は、みのりを喜ばせるよりも困惑させた。



「…遼ちゃん…?!何を言ってるの…?」



 みのりの声は、か細く震えていたが、その響きには戒めが含まれていた。



 試合の後の遼太郎からは、いつものように土埃と汗と太陽の匂いがする。


 みのりの頬から涙が滴って、背中から回される遼太郎の腕に落ちた。

 遼太郎の腕の肘には、先ほどの練習試合で負った擦り傷があり、みのりは自分の涙の雫とその傷を、少しの焦りを伴いながら、しばらく見つめていた。



「先生…!」



 絞り出すように声を発し、遼太郎がようやく反応を示す。みのりの返事を待たずに、抱きしめる腕にはいっそうの力がこもった。



「俺…、大学なんか、東京なんか…行きたくない。ずっとこうして、先生の側にいたい…!」



 こんなふうに泣くみのりを置いて東京へ行くことを考えただけで、遼太郎は感情がかき乱されて、気が狂いそうになってしまう。 


 何よりも、こんなに愛しい人と何日も何年も離れているなんて、堪えられない。

 いつでもみのりに、こうやって触れてキスのできる場所に、そして悲しみを分かち合えて、苦しみから守ってあげられる距離に、遼太郎は居続けたかった。



 耳元で囁かれた遼太郎の言葉に、みのりの息が止まる。

 みのりを深く想うがゆえの遼太郎の言葉は、みのりを喜ばせるよりも困惑させた。



「…遼ちゃん…?!何を言ってるの…?」



 みのりの声は、か細く震えていたが、その響きには戒めが含まれていた。



 ほのかに甘かった空気が、その一瞬で流れ去っていく。

 みのりが恋人から恩師へと立場を変化させたことを、遼太郎は感じ取っていた。


 

「遼ちゃん!片付けが始まった。みんなが道具を片しに、部室にくるぜ!!」



 戸口のところから、二俣の声が響き渡った。

 ハッとして、遼太郎はみのりを抱擁する腕を解き、みのりも自由になった両手で濡れた頬を拭う。


 泣いていた風なみのりに気がついて、二俣が心配そうに真顔でみのりを見つめている。

 みのりは遼太郎から視線を逸らしたまま下を向き、二俣の横をすり抜けて部室を出て行った。



 おにぎりを入れてきた大きなタッパーを洗う、マネージャーのもとに向かいながら、みのりは胸の鼓動がどんどん大きくなるのを感じていた。


 先ほどの遼太郎の言葉が耳に残って、いつまでも響いている。恐怖にも似た感覚に襲われ、みのりはあからさまに動揺していた。



 そして、遼太郎があんなことを言い出した理由を考え始める。

 もともと影を帯びているみのりの心は、考えられるその理由によって、もっと闇を濃くしていく。



 後輩と共に、タックルバッグを背負って部室へ向かっている遼太郎を、遠くから見遣る。

 恋い慕うだけではない、遼太郎のためを思うが故の痛みを伴う切なさが、みのりの心を覆い尽くした。涙がこみ上げてきて、視界の中の遼太郎がぼんやりと揺れる。



 みのりは考えねばならなかった――。

 遼太郎のために、最良のことを…。


 そしてそれが、どんなに辛いことであろうと、実行しなければならなかった。



 何よりも…、自分の命よりも大切で、愛しい遼太郎のために…。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ