練習試合 5
「もうない?…ウソだろ!?」
数分後、遼太郎が差し入れのところへ行き、人垣をかき分けた時、すでにみのりのおにぎりはなくなってしまっていた。
密かに楽しみにしていた遼太郎にとって、この落胆は大きい。恨めしそうな顔つきで、チームメイト達を見回す。
「徳井が、5個も6個もアホみたいに食ってたぜ。」
それを聞いた徳井が跳び上がって、口に入っている物をゴクリと飲み込む。
「…ふ、二俣さんだって、5、6個どころじゃなく食べてたじゃないですか~!ってか、まだ手に持ってるし。」
徳井も負けじと、二俣が両手に一つずつ持っているおにぎりを指さした。
「よし!それ、よこせ!!」
遼太郎が迫ってくるのを二俣は察知して、小走りで逃げ出した。そして瞬く間に、両手に持っていたおにぎりは、口の中に消えてなくなっていく。
「ああっ!!」
遼太郎が落胆の声をあげると、二俣は悪びれずにニンマリと笑って、指に付いたご飯粒もキレイに舐め取った。
「遼ちゃんは、またいつでもみのりちゃんに作ってもらえるじゃんかよ。」
そう言えば、遼太郎が何も言い返せないことを、二俣は知っている。
「このやろ…!」
遼太郎はすかさず、二俣の両脇をくすぐった。ここが二俣の弱点ということを、遼太郎は知っている。
「ギャハハハ…!や、やめ…遼ちゃん。まだ他にも差し入れあったぜ。早く行かねーと、なくなっちまう。」
ラグビー部員たちの尋常でない食欲を知っている遼太郎は、二俣にそう言われてハタと手を止め、もといた所へ踵を返した。
みのりはそんな姿の遼太郎を見て、自分といる時との違いを感じ、やっぱり高校生なんだなぁ…と、つくづく思う。とてもイキイキしていて楽しそうだ。
その様子を見て、みのりの胸に、キュッと切ない痛みが再び走った。
「先生も、どうぞ。」
マネージャーの一人が、楊枝に刺したリンゴを一切れ、みのりのところへ持ってきてくれた。
そのリンゴを食べ終わらないうちに、
「みのりちゃん。」
と、二俣がみのりの方へと近づいて来た。
その手にはバナナが2本ほど握られている。
いつもは仁王立ちする熊を連想するみのりだったが、バナナを食べる二俣を見て、思わず大きなゴリラを思い描いてしまった。
「みのりちゃん。こっち来て、部室見てみて。俺と遼ちゃんとで片付けたんだぜ。」
得意そうに言う二俣の後を、みのりは笑いをかみ殺しながら付いて行った。
以前の部室をあまり見たことはなかったけれど、キレイに整理整頓され、掃除が行き届いてるのは一目で分かった。足を踏み入れてみても、運動部の部室特有のスッパイ臭いもしない。
「ここまでするの、すんげえ大変だったんだぜ!隅の方には、10年くらい置かれたままになってるような物もあったりして。」
バナナを食べながら、二俣は大きな目をさらに大きくして説明する。
「エトちゃんのスパイクなんか、5、6足出てきたしよ~。なっ、遼ちゃん。」
そう言いながら、戸口に立った遼太郎に目を向けた。
遼太郎は、目を細めて楽しげな笑みを浮かべ、鼻から息を抜く。
振り向いて、その笑顔を見たみのりの心臓が、一つ大きく鼓動を打った。こんな風に、遼太郎の些細な仕草にもみのりの胸は感応し、この人のことが好きなんだと改めて自覚する。
「そう言うふっくんだって、やっぱり何足か置きっ放しになってたけど。」
という遼太郎の指摘に、二俣は肩をすくめて聞こえないふりをして、みのりに向かって続ける。
「使えないコンタクトバッグなんかも何個も出てきて、それやら何やらを全部二人で片付けたんだぜ!」
「全部二人で?!それはすごい!ホントにキレイになってるから、ずいぶん頑張ったんだね。」
みのりがそう言ってあげると、二俣はそれを聞きたかったとばかりに、ニッコリと笑った。
「ま、遼ちゃんに馬車馬のようにこき使われて、練習前にかなり疲れたけど、みのりちゃんにそう言ってもらえれば、頑張った甲斐があったよ。」
と、二俣は相変わらず馴れ馴れしく、みのりと肩を組んだ。みのりも拒むに拒めず、二俣の腕の下で小さくなって笑っている。
それを見た途端に、遼太郎の表情が険しくなる。その視線を気取った二俣は、クワバラとばかりに両手を上げた。
「邪魔者は消えま~す。」
ニヤニヤとしながら遼太郎に向かって眉を動かし、一瞥すると、二俣はするりと戸口から出て行った。
二俣がいなくなってしまった瞬間、二人の間にはぎこちない空気が漂い始める。完全な二人きりだったら、もう少し打ち解けられるのかもしれないけれど、部室の外からは部員たちの楽しげな声が響いて来ていた。




