練習試合 4
「どうだった?みのりちゃん!ロックの俺も、カッコいいだろ?!」
ノーサイド後の礼をして、江口による訓話が終わり円陣が解かれた後、みのりのところへ早速やってきた二俣が、自分を親指で指しながらそう言ってのけた。
相変わらずのノリに、みのりも思わず笑いをもらす。
「うん、カッコよかったね。スクラムの時は、ナンバーエイトの時よりも大変そうだけど…。」
「そうなんだよ!さすが、みのりちゃん。よく分かってる!!何も考えず、とにかく力いっぱいグイグイ押さなきゃいけないんだよ。しかも、この前のスクラム練習の時、右プロップの徳井が…」
と、二俣が調子に乗ってきたとき、2年生の徳井が飛んできた。
「わ~っ!!二俣さん!!それだけは言わないで!!」
二俣の口を押えようとするので、
「わっ!バカ!!お前、キタねー手で口触んなよ!」
と、二俣は徳井の手を振り払おうとする。
子犬がじゃれ合うようなこの二俣の行動に、みのりは楽しそうに笑った。
「また、徳井が屁こいた話か?」
その時、遼太郎が二俣の背後から声をかける。
「わ~っ!わ~っ!狩野さん!!言っちゃった~!!」
徳井はもう真っ赤になって悶えている。
「聞いた?みのりちゃん。スクラム組む時、俺の顔の真ん前で屁こくんだぜ!!逃げたくても、江口ちゃんが怖くてそれも出来ねーしよー。もう、サイテーだよ。大体、あんな場面でよく屁がこけるって思うぜ、こいつ。」
二俣は真っ赤な顔の徳井の背後から、その首を両腕で締め上げた。
「…そんなにいじめちゃ、可哀想よ。」
と言いつつ、みのりも笑いが止まらない。
徳井はプロップをしているだけあって、衛藤のようにずんぐりした生徒で、とても愛嬌があり、それだけで笑えてくる。
「そうだ。着替えた後、差し入れてもらったもの出すって言ってるぜ。」
遼太郎がそう言うや否や、二俣は徳井の拘束を解き、小躍りした。
「よっしゃ!みのりちゃんのおにぎり!いっただきま~す!!」
二俣がおどけるように両手を翼のように広げて、着替えに走る。徳井も遅れてなるものかと、それに続いた。
そこに残されたみのりと遼太郎は、少しぎこちなく向き直った。
以前のような教師と生徒の関係でもなく、それでいて二人きりでもないこんな場合、どんなふうに相手に接すればいいのか、お互いが模索している状態だ。
「あの…、差し入れ。ありがとうございました。」
遼太郎が改まった感じで、ぺこりと頭を下げた。みのりも少し肩に力を入れて、それをすくめた。
「そう言えば今まで、差し入れしたことなかったな…って。」
「あんなにたくさん。一人で作るのって、大変だったんじゃないですか?」
「うーん…。うちの炊飯器って、5合炊きなのよ。だから、3回に分けてお米を炊いたわけ。時間はかかったけど、そんなに大変じゃなかったかな。」
「ということは、1升5合炊いたんですか?いや、一人でそれは大変だったと思います。」
遼太郎はそう言ってくれたが、それでみのりは「大変だったのよ」と言って恩を売るような人間ではない。ただ嬉しそうにニッコリ笑って、遼太郎へと返した。
「今日の試合、勝てて良かったね。すごく激しくぶつかり合うから、ちょっとびっくりしたけど…。」
みのりが試合のことへと話を振ると、遼太郎も恥ずかしそうな笑顔を見せた。
「センターは体を張るポジションですから。でも、どっちかと言えば俺はスタンドよりもこっちの方が好きなんです。」
「そうだろうと思った。とてもイキイキしてたから。」
試合を思い返して、みのり自身とても満ち足りた気持ちになったくらいだから、遼太郎の爽快感は如何ばかりだろう。
――これで、ラグビーを辞めちゃうなんて、ちょっと寂しい…。
みのりはそう思ったけれど、口に出しては言わなかった。きっとそれは、遼太郎が一番感じていることだ。せっかく勝利に酔っていい気分になっているところに、水を差したくない。
その時、タープの下で声が上がった。マネージャーが差し入れられたものを選手たちに供したらしい。
「あっ!」
いち早く遼太郎がそれに反応する。
「早く行かなきゃ、なくなっちゃうよ。」
みのりがそう言って目配せすると、遼太郎は土ぼこりにまみれた顔や手を洗いに、小走りで水場へと向かった。
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(※ スタンド…スタンドオフの略)




