練習試合 3
公式戦ではなく練習試合なので、さすがに応援の数は少ないが、ちらほらと保護者やOBなどの姿が見える。
みのりが試合のよく見える場所を探していると、ラグビー部顧問の江口が手招きした。
「仲松さん、こっちにおいで。」
座るように促されたのは、タープの下の江口やその他のコーチたちが座るパイプ椅子の一つ。試合がバッチリ見える場所には違いないが、部外者のみのりにとってこの場所はかなり気が引けた。
けれども、ラグビーをする遼太郎を見るのは、これが最後かもしれない。そう思うと、遠慮してはいられないと、みのりはちょこんと並んでいる椅子の端っこに座った。
そうしている内に、試合が始まる時刻になった。
練習試合といえども本格的で、資格を持つ他校の先生がレフリーを務めている。選手たちはレフリーにマウスガードを見せて確認してもらい、それを口に入れて、ハーフウェイラインを挟んで整列し、礼をする。
そして、円陣を組み士気を高め、それぞれのポジションに散っていった。
相手校のキックオフで試合が始まると同時に、激しい攻防がみのりの目の前で繰り広げられた。
タックルしようと待ち構えているところへ、ボールを持っている選手が突っ込んでいき、ぶつかり合うとき、スクラムの時のような「ウッ!」という決死の声が上がる。
体と体がぶつかり合う音といい、久しぶりに見るラグビーの試合の迫力に、みのりは拳を握り、息を呑んだ。
先週の遊園地に行った時以来雨が降っておらず、グラウンドは乾燥しきっているので、選手たちの周りには、もうもうと土埃が上がる。
その土埃の中を、みのりは目を凝らして遼太郎の姿を探した。
12番の背中がボールを持ち、相手ディフェンスを引き付けておいて、走り込んできたフルバックにパスを出すのが見えた。
フルバックがタックルに倒されると、いち早く4番の二俣が駆けてきて、壁のように密集の上へ覆いかぶさった。足で掻き出されたボールを9番が拾い上げ、再び10番の宇津木へとパスされる。
「宇津木!左!」
遼太郎が宇津木を鼓舞し、手を上げてパスを促した。相手のディフェンスラインが乱れているのを見て取った遼太郎が、隙をついてゲインラインを突破する。
必死で追いかけてきた相手フルバックがタックルを仕掛けてくる直前に、遼太郎をフォローしていたウィングにパスして、そのウィングがトライを決めた。
「よし!」
江口が膝を叩く。しかし、すぐさま隣にいるコーチたちと、たった今のプレーについて冷静に分析を始めた。
そんな江口たちの隣でみのりは、遼太郎のあまりに華麗なプレーに目を奪われて、ボーっとしてしまっていた。胸がドキドキと激しく脈打ち、顔がほてってくる。
これではまるで、憧れの先輩を胸をときめかせて見つめる女子中学生みたいだった。
花園予選のように、負けたら終わりというような切迫感もなく、すでに引退した身というのが心に余裕を持たせているのか、遼太郎はいきいきとグラウンドを駆け回り、楽しんでプレーしているようだった。
その姿は、深くみのりの心に刻み込まれていく。
ポジションが違うからだろうか。今まで観てきた試合よりも、相手と接触する際にラフなプレーが多い気がする。トップスピードに乗った状態で激しくぶつかり合うときには、思わずみのりは身をすくめた。
勢いよく向かってくる相手にタックルを挑むとき、どれだけの勇気を要するのだろう…。
逆に勢いよく倒されるとき、どれだけの衝撃を、その身体は受け止めなければならないのだろう…。
一時も休むことなく、自在に躍動する筋肉に覆われた遼太郎の身体が、雨の遊園地でみのりを強く抱き締め、包み込んでくれた…。
その時の優しさと、今目の前にある遼太郎の姿とのギャップに、みのりの胸は切なく反応する。
ずっと試合の間中、みのりは胸をさすりながら、遼太郎の姿をただ追っていた。
後半に入って、相手も味方も関係なく体力的にきつくなってくる時も、遼太郎と二俣はそんなことの片鱗さえも見せずに走り回っていた。
自動車学校で休んでいたとは思えないほどで、この試合に向けてコンディションを整えていたということが判る。
これだけ活躍している二人だけれど、このチームでプレーするのは、これが最後だ。四月になって新しい1年生が入ってきて、また一からチームを作りなおしていく…、そこが江口の手腕の見せ所と言ったところだろう。
遼太郎も、自分の役目を引き継ぐ宇津木を育てたいという気持ちがあるに違いない。
「宇津木!宇津木!」
と、試合中も何度も声をかけ、スタンドオフが一瞬でしなければならない判断の助けをしているようだった。
試合は、34対21でノーサイドとなり、芳野高校の勝利で終わった。5つ取ったトライのうち、遼太郎と二俣は1つずつトライを取る大健闘だった。芳野の高校生としての最後の試合は、二人にとって最高の試合となった。




