練習試合 2
練習試合の日は、春の暖かさを存分に楽しめる好天に恵まれた。
第2グラウンドの入り口に植えられている桜が、ちらほらと咲き始めているのを見つけて、みのりはしばらく春の訪れを味わった。
桜が咲くと、年度が替わる。三月の終わりには澄子をはじめとする20名ほどの職員が離任し、この芳野を去る。 四月になれば新しい職員が着任して、新しい1年生が入ってくる。
少しの寂しさと、大きな期待感に満ちた春だけれど、今年の春はみのりにとって少し意味合いが違っていた。
「宇津木―…」
新しいスタンドオフを呼ぶ遼太郎の声が、みのりの耳に届いてきた。
いつものように、試合前の練習をする光景がみのりの前に広がる。
芳野の選手たちと、試合相手の選手たち。
県外ナンバーの大型バスがグラウンドの前に横付けされていたので、他県からはるばる遠征にやってきた選手たちだ。
その選手たちの中から、みのりは一瞬で遼太郎の姿を探し出した。試合前の練習をしている選手たちの横で、遼太郎が身振り手振りで宇津木に何か説明している。
久しぶりに見る遼太郎のユニフォーム姿に、みのりはキュンと懐かしさを覚えた。しかし、宇津木が10番で遼太郎が12番――。肩を組んで背を向けた二人の背番号が入れ替わっている。
卒業した遼太郎はかつてのポジションを譲り、あくまでも助っ人ということなのだろう。スタンドオフではない遼太郎は少し違和感があったけれど、センターをする遼太郎を見るのも楽しみだった。
「おお!みのりちゃん。久しぶりじゃん!!」
そう声をかけてきた二俣とは、卒業式の時以来会っていない。
「遼ちゃんとは、しょっちゅう会ってるらしいけど。」
みのりが挨拶の言葉を発する前に、二俣がそう付け足したので、みのりは目を丸くして二俣を見つめた。
「しょっちゅうっていうほどは、会ってないけど。」
――遼ちゃんは二俣くんに、どこまで話してるの…!?
とドギマギしながら、二俣の意味深な視線を牽制しつつ、話題を変えることにする。
「…そうだ、二俣くん。これ。おにぎり作ってきたから、試合が終わったらみんなで食べて。」
「お…♪」
単純な二俣は食べ物につられて、途端に顔色をパッと明るくした。
「…いや、でも。俺に渡していいのかよ。やっぱ、これは遼ちゃんに…。」
二俣は変に気を遣って、受け取るのを拒否しようとする。そんな二俣の言い方を聞いて、今度は途端にみのりの顔が赤くなる。
「もう!変なことに気を回さないで!みんなに食べてもらうために作ってきたんだから、いちいち遼ちゃんを呼ぶことないの!」
と、みのりは重たい紙袋を、無理やり二俣の手に押し付けた。
「みのりちゃん、今…『遼ちゃん』…って言った…。」
そう指摘しながら、二俣の顔もみるみる赤くなった。
みのりも心の中で「しまった…!」と思ったけれど、聞かれてしまったものはしょうがない。説明するのも変なので、
「今日は、頑張ってね。二俣くんはどこのポジション?」
と、さりげなく話の方向を変える。
「俺は、今日は右ロック。2年の時にやってたけど、久しぶりだし、この試合でラグビーともしばらくお別れだから、頑張るかな!」
二俣はそう言って、にんまりと笑った。
「しばらくお別れ」ということは、またいつの日かラグビーをする気があるのだろうか…?そんなことを思いながら、みのりは二俣の笑顔を見上げて微笑んだ。
「それじゃ、みのりちゃん。これ、サンキューな!」
二俣は重たい紙袋を軽々と掲げ、グラウンド脇で雑用をするマネージャーのところへ走って行った。
二俣の「みのりちゃん」という声を聞いて、遼太郎がみのりの姿を見つけて、指をテーピングした右手を上げた。
肩にプロテクターを着け、腕にもサポーターを着けていて、まさに戦闘準備の様相だ。そんな遼太郎に胸をドキドキさせながら、みのりも右手を振って遼太郎に応えた。
しばらくみのりが選手たちの練習風景を眺めていると、早くもヒバリの鳴き声を聞いた。空を仰いで声の主を探すが、姿は見えず、春の長閑な青空が広がるばかりだ。
春の色が濃くなりその陽光が強くなればなるほど、対照的にみのりの中の影も濃くなっていく……。
チクン…と胸の痛みを感じながら、再び練習する遼太郎を探し出して、唇を噛んだ。




