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Rhapsody in Love 〜幸せの在処〜  作者: 皆実 景葉
練習試合
22/199

練習試合 2




 練習試合の日は、春の暖かさを存分に楽しめる好天に恵まれた。

 第2グラウンドの入り口に植えられている桜が、ちらほらと咲き始めているのを見つけて、みのりはしばらく春の訪れを味わった。


 桜が咲くと、年度が替わる。三月の終わりには澄子をはじめとする20名ほどの職員が離任し、この芳野を去る。 四月になれば新しい職員が着任して、新しい1年生が入ってくる。



 少しの寂しさと、大きな期待感に満ちた春だけれど、今年の春はみのりにとって少し意味合いが違っていた。



「宇津木―…」



 新しいスタンドオフを呼ぶ遼太郎の声が、みのりの耳に届いてきた。

 いつものように、試合前の練習をする光景がみのりの前に広がる。


 芳野の選手たちと、試合相手の選手たち。

 県外ナンバーの大型バスがグラウンドの前に横付けされていたので、他県からはるばる遠征にやってきた選手たちだ。



 その選手たちの中から、みのりは一瞬で遼太郎の姿を探し出した。試合前の練習をしている選手たちの横で、遼太郎が身振り手振りで宇津木に何か説明している。


 久しぶりに見る遼太郎のユニフォーム姿に、みのりはキュンと懐かしさを覚えた。しかし、宇津木が10番で遼太郎が12番――。肩を組んで背を向けた二人の背番号が入れ替わっている。


 卒業した遼太郎はかつてのポジションを譲り、あくまでも助っ人ということなのだろう。スタンドオフではない遼太郎は少し違和感があったけれど、センターをする遼太郎を見るのも楽しみだった。



「おお!みのりちゃん。久しぶりじゃん!!」



 そう声をかけてきた二俣とは、卒業式の時以来会っていない。



「遼ちゃんとは、しょっちゅう会ってるらしいけど。」



 みのりが挨拶の言葉を発する前に、二俣がそう付け足したので、みのりは目を丸くして二俣を見つめた。



「しょっちゅうっていうほどは、会ってないけど。」



――遼ちゃんは二俣くんに、どこまで話してるの…!?



とドギマギしながら、二俣の意味深な視線を牽制しつつ、話題を変えることにする。



「…そうだ、二俣くん。これ。おにぎり作ってきたから、試合が終わったらみんなで食べて。」



「お…♪」



 単純な二俣は食べ物につられて、途端に顔色をパッと明るくした。



「…いや、でも。俺に渡していいのかよ。やっぱ、これは遼ちゃんに…。」



 二俣は変に気を遣って、受け取るのを拒否しようとする。そんな二俣の言い方を聞いて、今度は途端にみのりの顔が赤くなる。



「もう!変なことに気を回さないで!みんなに食べてもらうために作ってきたんだから、いちいち遼ちゃんを呼ぶことないの!」



と、みのりは重たい紙袋を、無理やり二俣の手に押し付けた。



「みのりちゃん、今…『遼ちゃん』…って言った…。」



 そう指摘しながら、二俣の顔もみるみる赤くなった。

 みのりも心の中で「しまった…!」と思ったけれど、聞かれてしまったものはしょうがない。説明するのも変なので、



「今日は、頑張ってね。二俣くんはどこのポジション?」



と、さりげなく話の方向を変える。



「俺は、今日は右ロック。2年の時にやってたけど、久しぶりだし、この試合でラグビーともしばらくお別れだから、頑張るかな!」



 二俣はそう言って、にんまりと笑った。

 「しばらくお別れ」ということは、またいつの日かラグビーをする気があるのだろうか…?そんなことを思いながら、みのりは二俣の笑顔を見上げて微笑んだ。



「それじゃ、みのりちゃん。これ、サンキューな!」



 二俣は重たい紙袋を軽々と掲げ、グラウンド脇で雑用をするマネージャーのところへ走って行った。


 二俣の「みのりちゃん」という声を聞いて、遼太郎がみのりの姿を見つけて、指をテーピングした右手を上げた。

 肩にプロテクターを着け、腕にもサポーターを着けていて、まさに戦闘準備の様相だ。そんな遼太郎に胸をドキドキさせながら、みのりも右手を振って遼太郎に応えた。



 しばらくみのりが選手たちの練習風景を眺めていると、早くもヒバリの鳴き声を聞いた。空を仰いで声の主を探すが、姿は見えず、春の長閑な青空が広がるばかりだ。


 春の色が濃くなりその陽光が強くなればなるほど、対照的にみのりの中の影も濃くなっていく……。


 チクン…と胸の痛みを感じながら、再び練習する遼太郎を探し出して、唇を噛んだ。





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