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Rhapsody in Love 〜幸せの在処〜  作者: 皆実 景葉
練習試合
21/199

練習試合 1



 みのりをアパートまで送りとどけたとき、遼太郎はみのりが部屋へと誘ってくれるという、淡い期待をした。しかし、みのりはそんな素振りを見せなかったので、そのまま挨拶を交わして、落胆しつつ帰らざるを得なかった。



――これで良かったのかもしれない…。



 遼太郎はそう思うことにした。

 遊園地でみのりを抱きしめていたとき、あそこが人の大勢いる遊園地でなかったら、きっとキス以上の行為に及んでいたと、思い返す。


 あの熱烈なキスの余韻が残る今、アパートという密室で二人きりになったならば、自分は自分の中に巣食う欲望を制御出来なくなるだろう。

 みのりの意思など関係なく、みのりをベッドへ押し倒して、全てを求めてしまうだろう。



 遼太郎は自分の中の欲望を押しとどめるのに必死になったが、心も体も蕩けてしまいそうな甘いキスの感覚は、遼太郎の体に染み付き、四六時中意識の大半を占拠した。

 そして、気が付くと、妄想はキスのその向こうの行為へと及んでいる。



 辛うじて考えずにすむのは、試合に出るため、ラグビーの練習をしている時だけだった。

 しかし、第2グラウンドを離れた瞬間に、遼太郎の思考は一気にみのりで満たされる。特に夜、布団の中で暗闇に包まれると、みのりに触れることが頭から離れてくれない。


 自分の中に存在するみのりを抱きたいという願望を、遼太郎はもう否定できなかった。




「遼ちゃん、東京にはいつ行く?」



 部活の練習が終わって、片づけをしている時に、二俣が不意に尋ねてきた。


 例によって、みのりのことが立ち込めてきていた遼太郎の頭の中に、新しい風が吹き込んでくる。


 思考からほとんど排除されていた東京での新生活のことを、いきなり目の前にぶら下げられた気がした。



「うん。3月の終わりの週末に、母さんと一緒に行くことにしてるよ。アパートとかも、姉ちゃんが探してくれてるから、あんまり急がなくてもいいんだ。」


「そうか。じゃ、ぎりぎりまでみのりちゃんの側にいられるってわけだな。」



 相変わらず心の中を見透したような二俣の物言いに、遼太郎は肩をすくめた。



 ぎりぎりまで側にいられても、その後は離れ離れになってしまう現実が待っている。

 みのりの側を離れてしまう……。そのことが頭を過っただけで、遼太郎は言いようのない不安に襲われる。


 花園予選の時、みのりが応援に来れない試合があった。その時のような感覚…。



 ほぼこの一年間、勉強においても部活においても、遼太郎の生活の主軸はみのりと共にあった。みのりが側にいなくなって、独りになってしまうとどうしていいのか分からなくなってしまう。



 そんな不安に加え、遊園地でのみのりを思い出す度に、みのりの側を離れられないという、焦燥にも似た気持ちが遼太郎の中にこみ上げてくる。

 『遼ちゃん…!』と繰り返し、しがみついてきたみのりを置いて行くことを考えただけで、遼太郎の心は引き裂かれるように痛む。


 こんなに想い合っているのに離れてしまったら、二人の心はどうなってしまうのだろう…。




「ああ、狩野先輩すみません。片づけてもらって。」



 1年生の佐藤が、マーカーを集めて回っている遼太郎にそう声をかけて、重ねられて遼太郎の手にあったマーカーを受け取った。


 我に返った遼太郎は、佐藤の顔を見て、いつも一緒にいた荘野の姿を最近見ていないことに気が付いた。



「そう言えば、荘野はどうした?」



 遼太郎から訊かれて、佐藤は表情を曇らせる。



「…荘野は、辞めました…。」


「辞めたって、部活を?」


「いえ…、学校を辞めたんです。」


「えっ…!?」



 遼太郎は、学校を辞めるかどうか悩んで泣いていた荘野のことを思い出した。


 結局荘野の力になれなかったことが悔やまれたが、何よりもみのりが落胆して心を痛めているだろうと思うと、いたたまれなかった。



 大きな溜息を、遼太郎は一つ吐いた。

 本来ならば、東京での新生活に気持ちも浮き立っているはずなのに、それを思うと逆に遼太郎の心は沈んでくる。


 遼太郎の足はまだここに踏みしめられていて、一歩も動けそうもなかった。東京へ発つには、ここから離れる原動力を心にため込む必要があった。





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