遊園地 13
過去のことに思いを馳せると、自己嫌悪にも似た感覚になり、みのりの胸の中に、小さな影が沈んでいく。
遼太郎の純粋さに比べて、自分はなんて擦れているのだろう……と。
「でも、初めてキスしたときのことは、忘れられないと思いますけど?」
みのりがトボけて、話をはぐらかそうとしているのを察知して、遼太郎はそう言って食い下がってくる。
確かに、そう言われて記憶を呼び起こすと、初めてのキスは今でもはっきりと思い出せる。
「大学生になって、初めて彼氏という存在が出来てね。彼の部屋に遊びに行った時に…ね。でも、その時は、気持ち悪いって、思っちゃった。」
緊張して閉ざした唇を、何度も舐められた感触は、思い出すたび身の毛がよだつ。
「気持ち悪い?」
遼太郎が眉根を寄せて、反復する。
遼太郎の初めてのキスは、もちろんみのりに告白した時だ。今日のように深いキスを交わした後でも、あの初めてのキスを思い出すだけで、遼太郎の胸は切なく脈打つ。気持ち悪いとは対極の、甘く美しいものだった。
「そ、気持ち悪い。きっと相手のことを、あんまり好きじゃなかったのよね。」
「あんまり好きじゃないのに、付き合ってたんですか?」
信じられない、といった口調で、遼太郎はもう一度訊き直す。
先ほどの遊園地で、あれだけ深くて激しい想いを示してくれたみのりが、そんな軽い気持ちで、男と付き合ったりするのだろうか。
「そうねぇ…。告白されて、相手のこと嫌いじゃなかったから、OKしちゃったの。男の人と付き合うって、どういうことかよく解ってなかったし、人を本当に好きになるってどういうことかも、解ってなかったと思うわ。」
小雨になった窓の外を見ながら、みのりはそう言って昔を振り返った。
「先生にも、そういう時があったんですね。」
遼太郎がみのりへと、優しい視線を投げかける。
「そりゃね。いきなり大人になるわけじゃないし。…大学入ってすぐだったから、18歳の時よ。ちょうど今の遼ちゃんと同じね。あの頃の私に比べたら、遼ちゃんは随分大人だと思うわ。」
みのりもそう言いながら、遼太郎の視線に微笑んで応えた。
あの頃のみのりは、今の遼太郎のように純粋だった。見るもの触れるものが、全てが新鮮に感じられた。
ただ毎日が楽しくて、将来のことなどあまり考えることなく、目の前のことに一生懸命だった。大好きな日本史の研究に、好きになった人との恋に。
とても拙かったし、失敗することもたくさんあった。だけど、一つ一つを積み上げて、人として成長していけた。大学での4年間で、みのりは子どもから大人になれた。
みのりにとって大学とは、そういうかけがえのない大切な場所でもあった。
遼太郎はまさにこれから、その場所へと一歩を踏み出す。
新しい世界が彼の目の前に拓け、新たなことを学び、新しい関わりを持った時、遼太郎はどう成長し、どんなふうに変わっていくのだろう。
――変わっていく遼ちゃんを、傍でずっと見守っていたい気もするけど……。
そんなことがみのりの心に過った時、みのりはとても大事なことに気が付いて、ハッと息を呑んだ。
ワイパーが左右に動くフロントガラスを見つめて、遼太郎は運転している。
その遼太郎の横顔を見つめるみのりの目に、じわりと涙が浮かんだ。
けれども、この涙は決して遼太郎に気取られてはならない。みのりが泣いているのを見たら、遼太郎は心配して、その涙の原因を問い質すだろう。
涙を堪えると体が震える。その震えを、みのりは歯を食いしばって抑え込んだ。
激しい雨の中を歩いたせいで、ブーツの中まで水が滲み、濡れてしまって足が冷たい。
この不快感のような拭い取れないものが、この時からみのりの心を曇らせ苛むようになってしまった。




