宿題の代償 8
遼太郎は、頭から勢いよくシャワーのお湯をかぶって、ハーッと息を抜いた。思いもよらずみのりが来てくれたことに、まだ気持ちが動転していた。
みのりの姿を見た瞬間から、抱きしめたいという衝動しかなかった。抱きしめてキスをして、それからもっと……。
だけど、自分はバイトから帰ってきたばかりで汚れていて、とても抱きしめられる状態ではなかった。みのりも、抱きしめられることよりも、陽菜のことばかり気にしていた。
陽菜のことをきちんとみのりに説明して、安心させてあげたいとは思う。けれども、遼太郎は結局陽菜と話すことを放棄していて、みのりを安心させる材料を持ち合わせていない。
それに、今はそんな陽菜のことよりも、目の前にいる生身のみのりのことしか考えられなかった。タオルで体を拭いて下着を身に着けたときに、もう遼太郎は衝動を抑えられなくなった。
遼太郎が浴室から出てくる気配を察して、窓辺でその様子を窺っていたみのりは、半裸の状態で出てきた遼太郎を目にして、息を呑んで固まってしまう。遼太郎の美しいと形容するにふさわしい体を見て、鳥肌が立った。ドキンドキンと胸が激しく鼓動を打って、体が震えてくる。
しかし、みのりはぎこちなく視線を逸らして、再び窓の外へと目を遣った。あの胸に腕に抱きしめられたいと願ってやまなかったが、遼太郎は今帰って来たばかりで疲れている。
すると遼太郎は、みのりの背後から腕を伸ばしてカーテンを閉めた。眺めていた夜の景色が遮られたとき、
「………?!」
みのりはそのまま、遼太郎に抱きすくめられていた。
「……先生の、体のことしか考えてないわけじゃないんです。」
みのりが驚きを発する前に、遼太郎がその耳元で囁く。
「だけど、何をしてても、先生を抱いたときの感覚が浮かんでくるんです。他のことは何も考えられなくなるくらい、ずっと先生のことばかり……。」
遼太郎の心を聞いて、みのりの胸が痛いくらいにキュッと絞られた。
「うん……、私も。あれからずっと、遼ちゃんのことばかり考えてた。」
以前は、仕事をしている時だけは忘れていられたのに、もうどうやっても意識から追い出せないほど、みのりの心は遼太郎のことで埋め尽くされていた。
体を翻しながら、みのりが遼太郎を見上げると、遼太郎もみのりを覗き込むように、そのまま唇が重なった。
狂おしくキスを繰り返しながら、抑えられない想いのままに、みのりは遼太郎の首に両腕を巻き付けてギュッと力を込めて引き寄せた。
「遼ちゃんに、会いたくて会いたくて……。会いたくて、おかしくなりそうだったの。」
やっと遼太郎にその本心を打ち明けると、切ない想いはもっと溢れて、みのりの目に涙が溜まって落ちる。
遼太郎は、何も言葉で応えられなかった。言葉の代わりにもう一度きつくみのりを抱きしめてから、ベッドの上に体を横たえさせた。
遼太郎に見つめられて、自分のすべてをその前に投げ出す時、この時のために生きてきたのだと思える。こんな状態を〝溺れている〟と言うのかもしれない。それでも、みのりは遼太郎のためになら溺れて、この命を投げ出していいとさえ思った。
会えなかった時間に降り積もった想いを、二人は思いとどまることなく表現して、愛し合い始めた。何度も思い返していた感覚を、じかに触れ合って確かめる。
その時、玄関のドアのチャイムが鳴った。二人は熱くなってきた息遣いのまま、行為を止めて見つめ合った。
「……誰か来る予定だったの?」
みのりの問いに、遼太郎は首を横に振る。
「誰とも約束なんてしてないし、……突然押しかけてくるヤツなんて、無視しとけばいいです。」
そう言いながらみのりの髪を撫でて、首筋から胸元へと唇を滑らせる。やっと訪れてくれたみのりとの時間を、誰にも邪魔されたくなかった。
「友達じゃないかも。宅配便じゃない?」
「こんな時間に?」
「遼ちゃん、いつも家にいないから、こんな時間に持って来るんじゃない。」
「……また、持ってきてもらいます。」
そんなやり取りをしている間にも、もう一度チャイムが鳴り響く。
しかし、みのりの柔らかさを確かめている遼太郎は、あくまでも無視をするつもりのようだ。そんな遼太郎に組み敷かれたまま、みのりは訴えた。
「もう何度も持ってきてもらってるかもしれないでしょ?家にいる時には、ちゃんと出てあげないとダメよ!」
みのりにそこまで言われて、遼太郎は観念して頭をもたげた。
「でも、俺……。こんなじゃ、とても出られないと思います。」
下着一枚しか身につけていない遼太郎。しかもその下半身は、すでに甘い刺激に反応してしまっていた。
「……それじゃ、私が出るわ。」
幸いみのりはまだ脱がされておらず、そう言って笑いながら立ち上がった。アンサンブルのキャミソールの肩紐を整えて、抜き捨てられていたカーディガンを肩に羽織ると玄関へと向かう。
『どなたですか?』
みのりが自分のアパートに一人でいる時には、必ず先にかける言葉だったが、この時は遼太郎が一緒にいる安心感からか、警戒することを怠っていた。




