遊園地 12
みのりにとって遼太郎は、もちろん〝愛しい人〟であったが、それと同じくらい〝大事な生徒〟でもあった。優しくて頼もしい遼太郎を恋い慕いつつも、いつも教師として遼太郎を守り、導いてあげなければ…と思っていた。
けれども、今日の遼太郎は、みのりにとって〝生徒〟ではなく、何者にも代えがたく愛する…〝一人の男性〟となった。
そして、その遼太郎に、今まで心の奥底にしまいこんでいたその想いを、何も隠すことなく吐露してしまった。
これまで男性を好きになったことは何度もあるけれども、こんなにも感情を制御出来なくなるようなことは一度もなかった。
あの石原を好きだったときも、いつも一歩引いたところから自分を冷静に観察して、石原を困らせないように気をつけていた。
それなのに、どうして遼太郎が相手だと、自分が自分でないように感情が乱れて、全てをさらけ出してしまうのだろう。
素直な遼太郎の目の前に立つと、みのりも否が応でも素直にならざるを得なくなる。余計な思考や感情は全て排除され、純粋な結晶だけが残される。
丸裸にされた心は、苦しいほどに切ない遼太郎への想いで満たされて、もう隠しようがなかった。
遼太郎はそれを、どんなふうに受け取ったのだろう…。
心の真っ直ぐな遼太郎のことだから、きっと真正面から真摯に受け止めてくれたに違いない。そして、その真っ直ぐな心でみのりの想いに懸命に応えようとしてくれている。
そうでなければ、あんな深く情熱的なキスは交わせない。
みのりの想像以上の、体の芯が蕩けてしまいそうなほどの、圧倒的なキスだった。これまで交わしたキスとは比べようもないくらい、普段の優しくて穏やかな遼太郎とは別人のように、唇を求める遼太郎は、激しくて情熱的だった。
「…遼ちゃん…。今までに、女の子と付き合ったことある…?」
自動車のハンドルを握る遼太郎に、不意にみのりが口を開いた。
質問を受けて、遼太郎はピクリと体を強張らせた。質問が突然だったこともあるが、質問の内容の方に過敏に反応してしまったからだ。
みのりの中に、そんな疑問が浮かび上がってきたのは、先ほどの遼太郎のキスが、あまりにも上手すぎると思ったからだ。
遼太郎には女の子の影は見えず、触れたことなどほとんどないと思っていたけれど、本当はこれまでに何度もキスをした経験があるのではないか……。そんな思いが過ってしまった。
前方からチラリと視線をよこした遼太郎の表情には、質問の意図を解しかねた戸惑いがあった。
けれども、再び前を向くと、気を取り直したように、
「付き合うとか、そういうことはしたことありません。…人を好きになるのも、先生が初めてです。」
と、ありのままを答えた。
「…え。そうなんだ…。」
みのりの声は意外そうな響きを含む。すると、今度は遼太郎の方が、みのりの問いの真意を知りたくなった。
「どうして、そんなこと訊くんですか?」
自分に女っ気がないのは、みのりも当然承知していることだと、遼太郎は思っていた。
改めて遼太郎から疑問を投げかけられて、みのりは途端に顔を赤らめた。正直に言うか少し迷ったが、思い切って口を開く。
「それは…、ちょっと気になって…。遼ちゃん、キスがすごく上手だったから…。」
「え…?!」
遼太郎は目を剥いて、その後の言葉が出てこない。黙ったまま、みのりの意図するところをようやく理解すると、遼太郎も赤面した。
「…それで、俺がそういう経験を、たくさんしていると…?」
やっと、遼太郎がそう言葉を返しても、みのりは訝しんだことが決まり悪くて、唇を噛んだまま何も言わない。
「上手いかどうかは、俺はよく判りませんけど、先生がそう思ったんなら、それは多分、先生の教え方が上手いからだと思います。」
遼太郎は赤面してはいたが、幾分冷静に自分のキスについて、そう分析した。
「…は!?…お、教え方って?私は何も…!」
遼太郎のキスに応えてしまったのが、教えたことになるのだろうか。
「教え方が上手い」と言われるのは、教師として最大の褒め言葉なのに、こんなに狼狽えてしまったのは初めてだ。みのりは思わず唇に手の甲を当て、顔色をもっと赤くする。
みのりのこの反応を見て、遼太郎はクスリと笑いをもらした。
「上手いか下手かが判るんだから、先生はやっぱりたくさん経験を積んでるんですね。」
みのりは火照った顔を両手のひらで押さえながら、運転する遼太郎を見遣った。
「たくさんかどうかは知らないけど、昔のことは忘れたわ。」
実際、今日の遼太郎のキスは、みのりの中にあった過去のキスの記憶を上書きしてしまっていた。
それに、今はそんなふうに遼太郎のことしか見えていないのに、以前付き合った男のことなど思い出したくもない。




