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Rhapsody in Love 〜幸せの在処〜  作者: 皆実 景葉
宿題の代償 Ⅰ
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宿題の代償 3




 遼太郎との電話を切って、みのりも深く息をついた。携帯電話を持つ手が、まだ震えている。

 自分の特別な想いを伝えたり、そういう特別な話をしていたわけではない。ましてや、遼太郎にとっては〝陽菜〟という重い話題だったのに、みのりは遼太郎の声を聞くだけで、胸が高鳴ってどうにかなってしまいそうだった。


 裏切られ失恋をしてしまった陽菜の心を思えば、とても不謹慎なことだと思う。それでも、もうみのりは、遼太郎への想いを止められなかった。



――裏切りたくない……。



 そう思っていても、陽菜に限らず、ほかの誰かを傷つけたとしても、もう引き返せなかった。


 ずっと我慢をして閉じ込めていた想いは、遼太郎に抱かれて解き放たれて、みのりを支配していく。


 電話口で、自分の気持ちを素直に表現してしまうと、自分をコントロールできなくなる。だから敢えて、陽菜のことだけを話題にして、甘い言葉を封印した。


 帰って来たばかりなのに、もう遼太郎に会いたくてたまらない。遼太郎の声が、いつまでも耳の奥でこだまして、みのりはアパートの部屋の中で一人、切ない涙をこぼした。





 大学の後期の講義は、それから数日後の週明けから始まった。また、いつもと変わらない日常が戻ってくる。

 遼太郎は機会があれば話をしようと、陽菜の姿を探した。けれども、探すときには見つけられないものだ。普段の陽菜が、うっとうしいくらい姿を現していたのも偶然などではなく、陽菜自身が意識的にそうしていたのだと、遼太郎は改めて覚る。


 講義の空き時間に、佐山や樫原とともにゼミ室に来てみたけれど、そこは無人で、やはり陽菜はいなかった。


 佐山は、真ん中の大きなテーブルに付けてある椅子に座り、イヤホンで音楽を聞きながらスマホをつつき始めた。

 遼太郎も佐山に向かい合うように座ると、先ほど大学内のコンビニで買ってきたコーヒーの紙コップをテーブルの上に置いた。すると、樫原はすかさず遼太郎の隣に座り、同じようにコーヒーのカップを置いた。



 樫原は遼太郎にフラれてからも、相変わらず遼太郎の後を付いて歩く子犬のようだった。それは、それまでと同じように、友人としての立場を保とうとする樫原の努力の証。それはもう、健気なほどだった。


 遼太郎も、そんな樫原の心を汲み取って、普通でいることを心がけた。佐山も遼太郎と樫原とのことを蒸し返すことなく、三人の仲は以前と変わらず良好だった。むしろ以前よりも、お互いの心を知ることができて、深い部分で信頼関係を結べたように遼太郎は感じていた。



「あ、狩野くん。さっきの講義のノート取ってた?僕、途中でちょっと寝ちゃってて、見せてくれる?」


「ああ、うん。いいよ。」



遼太郎はバッグの中からルーズリーフのファイルを取り出し、そこから先ほどの講義のノートを取り出した。



「ありがと。」



 差し出された二枚ほどのノートを受け取ろうとして、樫原が手を伸ばした拍子に、コーヒーのカップに触れてしまう。



「あっ……!!」



 勢いよく倒れた拍子にフタが外れ、中のコーヒーが一気に遼太郎の方へ押し寄せた。



「あーあ……。」



 見事に茶色に染め替えられた遼太郎の白いシャツを見て、佐山がため息をついた。



「ごっ、ゴメン!!狩野くん!」


「いや、大丈夫だよ。」



 焦って謝る樫原に、遼太郎はとりあえずそう言って返してあげる。



「いやいや、それは大丈夫じゃないだろ。」



 横から佐山が口を挟むと、樫原はますます顔を青ざめさせる。



「狩野くん、ちょっと待ってて……!」



 そして、そう言うや否や、ゼミ室を飛び出していき、佐山は呆気にとられるようにそれを見送ってから、口を開く。



「それじゃ、ちょっと外歩けないだろ?猛雄のヤツ、何か当てがあるのかな?」



 遼太郎もため息をついて自分のシャツを見下ろすと、コーヒーが流れた茶色の模様。ふいに遼太郎の中に、つい数日前の出来事が思い出される。

 みのりはあんな時でさえも相変わらずドンくさくて、遼太郎の部屋のラグをコーヒーで汚した……。

 茶色いシミを眺める遼太郎の表情が、かすかに柔らかく緩むのを、イヤホンを着けなおす佐山が目にとめた。



「これ、バスケ部の友達から、部活用の着替え借りてきた!」



 附属から上がってきている樫原は、やっぱり顔が広いらしい。



「ありがとう。」



 せっかくの樫原の心遣いを無駄にしてはいけないので、遼太郎はTシャツを受け取って、その場で着替え始めた。


 その時、チラリと視界に入ってきた遼太郎の背中を見て、佐山の視線が動かなくなる。おもむろに耳にはめていたイヤホンを外すと、驚いたような顔になって口から言葉がこぼれ出た。




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