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Rhapsody in Love 〜幸せの在処〜  作者: 皆実 景葉
宿題の代償 Ⅰ
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宿題の代償 2



 遼太郎は一つ大きく息を吐いて、自宅へと足を向けて動き出した。みのりと一緒の道程は、ぐるっと回り道をして駅にたどり着いたのに比べ、帰り道はずいぶん近かった。


 一人で鍵を開けて入るアパートの部屋は、いつもと変わらず、先ほどまでここにみのりがいたことは、また自分が思い描いた儚い妄想のような気がしてくる。



 しかし、部屋の真ん中に敷かれたラグが、ほのかに茶色くなっている。それは紛れもなく、みのりがここにいた証拠。そこにあるベッドで、溢れてくる想いをみのりに注ぎ込んだ。


 遼太郎はベッドに腰を下ろしてから寝転がり、五感で感じ取ったみのりのすべてを呼び起こした。この記憶は、自分が勝手に思い描いた妄想ではない。震えを伴うような感覚が体中を駆け巡って、もう一度みのりをこの手に抱いて、その感覚を確かめたくてたまらなくなる。


 でも、もうみのりはここにはいない。次に会えるのは、三ヶ月も先だ。その切ない現実を思うと、頭の中はいっそうみのりのことでいっぱいになる。


 遼太郎にとって、陽菜のことは二の次だった。二年半もの間、会えなかった時の長さの分、募り続けたみのりへの想いが大きすぎて……、今の遼太郎にはみのりのことしか考えられなかった。



 そして、夕方が間近になると、遼太郎はいつものようにアルバイトへと向かった。

 〝環境関連の会社〟といっても、その内容は多岐にわたり、遼太郎が担わされている業務は、オフィスビルなどから出されるゴミの収集や分類だった。エコロジカルなことなど、専門的な勉強ができるかも……というアテは見事に外れてしまったが、仕事は仕事、与えられたことをこなしていくしかない。それでも、どんなところにもその〝世界〟はある。ゴミから見えてくる世界を知ることも、遼太郎にとっては貴重な経験に違いなかった。


 汗だくになって働いて、夜の九時ごろ再びアパートに帰り着き、シャワーを浴びる。それからスマホを確認してみたら、みのりからメールが入っていた。


 こうやってみのりからメールをもらうのも、いつぶりだろう?一瞬にしてバイトの疲れも吹っ飛び、ドキドキと胸を高鳴らせながらメールを開いてみる。

 すると、文面はこうだった。



『あれから、きちんと陽菜ちゃんに話ができた?彼女の心を思うと、とても心配です。都合のいい時に連絡してくれると、助かります。』



 陽菜のことのみに終始した内容のメール。

 遼太郎は少々拍子抜けして、ため息をついた。しかし、気を取り直して、みのりへと電話をかける。

 呼び出し音が数コール鳴ったあと、「はい。」と、今日のみのりはすぐに電話口に出てくれた。



「先生、……俺です。」


『……うん。』


「飛行機には無事に乗れたみたいですね。」



 遼太郎の声を聞いて、みのりの安心したような息遣いが聞こえた。



『うん。なんとか無事に帰って来れた。……でも、あのまま帰ってしまってゴメンね。陽菜ちゃんには訳を話せた?話は聞いてもらえた?』



 みのりから尋ねられて、遼太郎はゴクリと唾を飲み込んだ。本当のことを言うべきか、遼太郎の中に迷いが生じる。



「大丈夫です。ちゃんと事情は分かってくれてたと思います。」



 みのりには、余計な心配をかけたくない。陽菜があれで全てを理解しているとは、とうてい思えなかったが、遼太郎は敢えて自信を匂わせた。



『そう。なら、いいんだけど……。陽菜ちゃん、なんて言ってた?泣いたりしてなかった?』



 みのりは、本当に心の底から陽菜のことを心配しているようだ。そんなみのりに小さな嘘をついてしまうことは、遼太郎にとっても心が痛んだ。



「特に、恨み言なんて言ってなかったし、泣いたりもしてませんでした。」


『……そう。』



 もっと詳しい陽菜の様子を、きっとみのりは知りたかったに違いない。一言相づちを打つみのりの言葉の響きに、釈然としないものが漂う。きまりの悪い遼太郎が言葉を詰まらせると、沈黙が押し寄せてくる。



『うん、それじゃ。それだけ聞きたかっただけだから、今日はこれで。』


「はい……。」


『おやすみなさい。』


「……おやすみなさい。」



 遼太郎が心を躍らせた愛しい人との通話も、たったそれだけ、やっぱり陽菜のことだけで終わってしまった。「また会いたい」だとか「好き」だとかいう甘い言葉を、みのりも言わなかったし、遼太郎自身も言うタイミングを見つけられなかった。



 物足りないものを感じながら、遼太郎はスマホをローテーブルの上に置こうとしたが、もう一度みのりに電話をしてみようか……という衝動が起こる。

 しかし、遼太郎は思いとどまった。いくら愛の言葉を語っても、今ここでみのりを抱きしめられるわけではない。想いがいっそう募って、却って辛くなるだけだ。


 遼太郎は、大きく息を吐いてスマホを置いた。その体に残るみのりの感覚から気を逸らせるように立ち上がり、部屋を横切って冷蔵庫を開けた。






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