初めてのあとで 7
きっと、みのりと遼太郎が別れを惜しむ一部始終を目撃してしまったのだろう。陽菜の表情には、昨日見せてくれたように輝くような明るさはなく、かと言って怒りも悲しみもない。ただその顔をこわばらせている。
目の前に直面した出来事に対して、遼太郎も息を呑んで一瞬固まってしまう。しかし、すぐにみのりへと視線を戻して、改札越しに投げかけた。
「先生。飛行機に間に合わなくなるから、行ってください。」
「……でも。」
みのりは突然のことに動転していて棒立ちになり、冷静な思考ができていなかった。それでも、こんな状態を放って自分だけが立ち去ってしまうことは、ためらわれた。
「大丈夫です。これは俺がきちんとすることです。先生は、行ってください。」
遼太郎の真っすぐな目で、強く真剣に見つめられて、みのりは頷くしかなかった。もう陽菜のことを心配して確かめるような心の余裕はなく、体を翻してまるで逃げるようにホームへ向かって走り出した。
みのりがちょうど到着していた電車に乗り込むと、間髪入れずにドアが閉まり発車する。
電車に揺られながらドアにもたれかかると、自分の体が芯から震えているのを感じた。ドキンドキンと心臓が激しく鼓動を打っているのは、走って飛び乗ったからだけではなかった。
まるでそこだけ時が止まったような、雑踏の中にあるこわばった陽菜の表情を思い出す。
きっと陽菜は衝撃を受け、傷ついているだろう。遼太郎はどうやってそんな陽菜を宥め、なんと言って説明するのだろう。
やっぱり大人である自分が、この事態を収拾するべきだったのでは……。
そう思ったみのりは、今すぐにでもあの駅に戻らなければならない衝動に駆られた。次に到着する駅で降りて、引き返そうと思った。
けれども、最後に見つめられた遼太郎の眼差しを思い出して、思い止まった。
今は、遼太郎のあの眼差しを信じるべきだと思った。きっと遼太郎ならば、たとえ陽菜が傷ついたとしてもそれが最小限になるように、最善を尽くしてくれる……。
みのりは電車に揺られながら、不安が渦巻く胸で、ただ遼太郎を想った。
目の前にはビルが立ち並ぶ東京の風景が流れていくけれども、頭の中にはずっと、立ちすくむ陽菜と振り返る遼太郎の像が映し出されていた。




