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Rhapsody in Love 〜幸せの在処〜  作者: 皆実 景葉
初めてのあとで
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初めてのあとで 4





「先生を、誰にも取られたくなかったから……。」



 それは、冗談などではなく、遼太郎の心からの素直な気持ち。それを表すように真面目な顔をして、遼太郎はみのりを見つめ返した。


 自分の苦し紛れの言葉が、そこまで遼太郎を駆り立てていたなんて……。遼太郎の純粋さと想いの深さに触れて、またみのりは泣いてしまいそうになった。


 でも、ここで涙を見せると、また遼太郎は慰めなければならなくなる。

 そう思ったみのりは、グッと涙を我慢して、遼太郎の空いている手を取った。



「どこかこの辺に、落ち着いてご飯食べれるところないの?運動したからかな?お腹すいちゃった。」



「……〝運動〟……って、先生。」



 みのりのあっけらかんとした言い方に、遼太郎はたじろぎながら赤面してしまう。けれども、その手を振りほどくことなく、再び並んで歩き始めた。



 みのりを導くように行く遼太郎には、目的の場所があった。たまに自転車で通りかかるときに、目に留まっていた店。男が一人で入るのには勇気のいるような店だったが、もしみのりが一緒にいたならば、〝行ってみたい〟と儚く虚しい妄想を巡らせていた場所だった。



 でも今、その妄想が虚しくならずに済んだ。遼太郎が思い描いていたように、みのりはオープンテラスの一席に座り、微笑みかけてくれている。


 日陰に入り風が吹くと、とても爽やかな初秋の空気を感じられる中で、二人はゆっくりと幾分遅いランチを味わった。


 食べながらの会話で、みのりは遼太郎のことをなんでも知りたがった。大学での勉学のこと、佐山や樫原のこと、コーチをしているラグビースクールのこと。みのりがとても上手に聞き出してくれるので、遼太郎は自然と口数が多くなる。みのりも、まるで会えなかった時間を埋めるように、じっと遼太郎の話に耳を傾けた。



「先生は?変わったことはないんですか?」



 逆に、遼太郎の方もみのりに尋ねてみる。するとみのりは、その微笑みは崩さずに、首を横に振った。



「遼ちゃんも知ってるでしょう?私の毎日。三年前と変わらないことを、繰り返してるだけよ。」



 それを聞いて遼太郎は、自分がまだ生徒だった時の日常を思い出した。


 朝早くから放課後遅くまで、いつもみのりは生徒たちのために時間を費やしてくれていた。あの渡り廊下で個別指導をしてくれていた時のみのりの姿が、遼太郎の目に浮かび、今目の前にいるみのりと重なった。



「でも、あのころの先生は、こんなに髪が長くなかったです。」



 時折吹き渡る風になびく、みのりの長い髪を見ながら、会えなかった年月の長さを思い知る。

 遼太郎の指摘を受けて、みのりはほんのりと顔を赤らめさせた。



「これは……、切れなかったの。遼ちゃんが触れてくれた部分を、切り落としてしまいたくなくて。」



 遼太郎はまた、自分の胸が甘くキュンと痛むのを感じた。この髪が伸びる時間ずっと、みのりは想い続けてくれていたということだ。



「遼ちゃんに返しそびれてた日本史の課題プリントも、処分できずに、そのまま取ってあるの。自分から遼ちゃんに会わないって言って別れたのに、矛盾してるでしょ?」



 恥ずかしそうに肩をすくめるみのりを見て、遼太郎は緩く首を横に振った。



「先生が俺のためを思って、あの選択をしたんだってことは分かってます。そりゃ俺だって、東京に来た頃は立ち直れないくらい落ち込んでたけど、実際先生と離れていたからこそ、経験できたことや、自分で考えて理解できたこともたくさんあります。」



 遼太郎があの春の別れを、そんなふうに理解してくれていることが、みのりにとって何よりもありがたいことだった。目の前にいる遼太郎は、みのりが願っていた以上に、立派に成長してくれていた。



「それじゃ、我慢できなかったのは、私の方ね。遼ちゃんが卒業するまで待てずに、会いに来ちゃったから。」



 そう言いながらはにかむ笑顔が、なんとも言えず可愛らしい。数年ぶりの心地よい刺激に、遼太郎の胸の甘い疼きは止まりそうになかった。



「だけど、そのおかげで、もう髪を切れますよ。好きな髪形にしてください。」



 遼太郎の言葉を聞いて、みのりの笑顔がもっと楽しげなものに変化する。



「そうね!これからいっぱい触ってもらえるんなら、いっそのこと坊主頭にでもしようかしら!」



「……えっ!?」



 突拍子もないみのりの言動に、遼太郎は返す言葉に詰まってしまう。



「私はお寺の娘だから、それもアリだと思わない?多分似合うと思うのよ?」



 面白そうに笑うみのりにつられて、遼太郎も笑いだしてしまう。



 ひとしきり笑った後、一息ついたみのりがチラリと腕時計を見た。楽しく穏やかな時間はあっという間に過ぎていき、もう三時になろうとしている。

 五時過ぎの飛行機に乗るのならば、もうそろそろ空港へ向かわなければならない頃だ。



「……もうこんな。そろそろ出よっか……。」



 みのりがテーブルの上の伝票を手に立ち上がった。



「あ、お金。俺、払います。」



 すかさず遼太郎はそう申し出たが、みのりもすぐにそれを遮った。



「遼ちゃんはまだ学生なんだから、遠慮しちゃダメよ。会計してくるから、ちょっと待ってて。」



 みのりは明るくそう言いながら店内にあるレジへ、小走りで駆けていく。先ほど話題になった長い髪が揺れて、遼太郎の目はそれを追って動かせなくなる。




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