遊園地 11
何も具体的な言葉はないけれども、みのりの何も隠すことのない想いは、遼太郎の心に楔となって突き刺さった。
その深さと激しさに、遼太郎は息を呑む。でもそれは、自分の中にあるみのりへの想いと同じものだと気付いた時、全身の血が逆巻くようだった。
何度も押し止めた衝動を、今度は抑え込むことなく、みのりの後ろ頭と背中に手を回し、懐に深く抱きしめた。
遼太郎も自分が抑えられなくなって、みのりが苦しくなることは分かっていても、想いの強さをその腕に込めた。
締め付けられるその力の強さに、みのりの体がキュッとしなり、肺からは一気に空気が抜け息が止まる。
その苦しさにかかわらず、背中に回されたみのりの手には力がこもり、遼太郎は自分もみのりに抱きしめられているのだと感じた。
「…好きです…。」
遼太郎は、自分の懐に向かって囁きかける。そんな短い一言では、自分の想いのすべてを到底表現できなかったが、その言葉が喉元をすぎる時、愛しさのあまり心に切ない痛みが走った。
濡れて冷たい遼太郎のシャツの胸に頬を付けて、その言葉を聞いたみのりは、きつく目を閉じて、その響きを噛みしめた。
ひとしきり想いを込めて抱きしめ合った後、遼太郎の手が髪を撫で、促されるように、みのりは顔を上げた。
遼太郎に見つめられ自分の視線とからむと、みのりの心はいっそう切ない叫びをあげる。
自分の想いを遼太郎に伝えたいと、みのりは口を開いたが、何も言葉にならず、出てくるのは、
「遼ちゃん…。」
という囁きと、涙ばかりだった。
囁きを聞いた遼太郎は、思いつめたような眼差しになる。その繊細な瞳が近づいたかと思うと、そっと唇が重ねられていた。
遼太郎に会えなかった時間、ずっと自分の中で反芻していた感覚が、今現実となってみのりを包み込んだ。
しかし、みのりの想いは収まるどころではなく、唇が離された時には、もう一度遼太郎に触れたくてしょうがなかった。
みのりの切なる想いを聞き届けてくれたかのように、遼太郎は再び唇で唇に触れた。たった今の口づけよりも、想いを込めて力強く。
思わずみのりが口を開いて、それに応えると、遼太郎もそれに反応する。
遼太郎の感情の中に、みのりへの愛しさだけではない、渦巻く激しさが加わって、次第に自分が制御できなくなる。いつもは緊張して固く張り詰めていた唇が、柔らかくなり、キスが深められていく。
遼太郎の唇がみのりに甘噛みされ、方向を変えて重ねられた時、遼太郎の舌がみのりのそれを絡め取った。
あまりの甘い感覚に、みのりの体は崩れ落ちそうになる。遼太郎の力強い腕がそれを抱きとめ、キスは更に情熱を帯びた。
遼太郎は、この時初めて、想いと行為が一体化したような気がしていた。自分の中にあるみのりへの激しく深い想いのままに、やっと体が動いてくれているようで、遼太郎は我を忘れて唇を重ねた。
薄暗い空気を突き破る稲光、空を渡り雷鳴が轟く。いつものみのりなら身をすくませるのに、今日は少しも怖くなかった。
遼太郎の腕の中にいて、情熱的なキスを受けながら、みのりはその身を取り巻く恐怖も、自分の中にある過去のキスの記憶も…、すべてを忘れていた。
雨音の中に異質な水音が混じり、人が近づいてきたことに気付いて、二人は同時に、弾かれるように唇を離した。
言葉はなく、お互いの表情の中の、濡れて赤らんだ唇を見つめ合った。
二人がぎこちなく抱擁を解いた時、休憩所の中に、中学生と思われる女の子の集団が駆け込んできた。
女の子たちは、みのりと遼太郎の存在に気づいているのか、視線を向けることも気にすることもなく、ぐっしょりと濡れてしまったお互いの姿を、キャーキャー言いながら笑い合っている。
薄暗い休憩所は、途端に明るい雰囲気に包まれた。
みのりが頬に残る涙を指先で拭い、女の子たちにチラリとほのかな笑顔を向けた。遼太郎は、唇に残る余韻を確かめるように唇を噛んで、みのりに応えるように口角を上げる。
プラスチックのテーブルと椅子に陣取った女の子たちの他愛もないおしゃべりを聞きながら、みのりと遼太郎はただ黙って、雨が落ちるのを眺めていた。
それから10分ほどが経った頃、数本のビニール傘を持った遊園地の係員が訪れた。ビニール傘はもちろん有料だったが、雨で立ち往生している人のために、係員は園内を回っているらしかった。
遼太郎はその傘を1本だけ買い求め、先ほどより小降りになってきている雨の中へ、みのりの肩を抱いて踏み出した。
二人の間に何も言葉はないのに、まるでその意思を読み取っているかのように、みのりは何の抵抗もなく遼太郎と行動を共にする。
そのあまりにもスムーズな一連の動きに、女の子たちは呆気にとられて、一瞬にぎやかなおしゃべりを止めた。




