初めてのあとで 2
「ううん、痛くない。……それより、私のほうこそ、遼ちゃんの背中引っかいちゃった……。」
「大丈夫です……。」
遼太郎は、短く答えることしかできなかった。初めて経験する圧倒的なこの感覚と、頬を上気させて自分を見上げているみのりが本当に愛しくて、何も他のことは考えられなかった。
二人の間には、また言葉がなくなった。言葉ではなくお互いの全てで、尽きることのない想いを確かめ合った。
「遼ちゃん……?」
登りつめた後、汗ばんだ体にみのりを抱きしめたまま、遼太郎が動かなくなったので、みのりはその名を呼んでみた。
すると、遼太郎は腕の力を緩めて、その中にいるみのりに視線を合わせた。その優しい眼差しに、みのりの胸はまたキュンと切なく痺れる。
本当に、この人のことが好きだと、みのりは心から思った。この人のためなら、自分の全て……この命さえ捧げてもいいと思った。
その想いはあまりにも大きく、抱えきれずに溢れてきて、それは涙となってみのりの瞳からこぼれて落ちた。
遼太郎が黙ったまま手を動かして、そっとその指でみのりの涙を拭ってくれる。その刹那に、みのりは遼太郎を見つめ返して、その想いを言葉にした。
「遼ちゃんが、好きよ……。」
じっとみのりを見つめてくれている遼太郎の眼差しが、切なくなる。
「遼ちゃんが、あのドロップゴールを決めた時から、ずっと……。私の心の中には、あなたしかいないの。」
この想いを自覚するたびに、体には震えが走る。またみのりの胸が、恋の痛みを伴って鼓動を打ち始めた。その痛みを鎮めるように、遼太郎の唇が胸の上をたどる。
それはやがて甘い感覚を伴いはじめ、みのりは遼太郎に全てを委ね、その愛撫の渦の中へと再び落ちていった。
二度目のそれは最初とは違い、ゆっくりと優しく、みのりの隅々を隈なく確かめるようだった。それでもみのりは、恥じらいなど忘れてしまうほどに乱されて、何度も気が遠くなった。
お互いの乱れた息が落ち着く間、二人は何も言葉にすることなくお互いを抱きしめながら、ぼんやりと余韻の中を漂った。
何度愛し合っても、まだ足りないような気がしていた。まだ、自分の想いのすべてを伝え切れていなかった。
みのりの規則的な息遣いに気づいて、今度は遼太郎の方から声をかけた。
「……先生?」
覗き込んでみると、みのりはぴったりと寄り添いながら、遼太郎の腕を枕に眠りに落ちてしまっていた。
遼太郎の愛撫を一身に受けて、何度も達したように思われるみのりは、さすがに疲れてしまったのかもしれない。
――昨晩は、先生も眠れなかったのかな……?
自分の肩に頬をつけて眠るみのりの目元が、ほんのりと赤らんでいることに気づく。きっとずいぶん泣いたのだと、遼太郎は察する。
それは、自分のことを諦めようとして、それだけ苦しんでくれたということだ。それだけ深く、みのりが想ってくれているということだ。
みのりの可憐な寝顔を見つめながら、遼太郎の胸がキュッと絞られる。愛しくて愛しくて、もう一度キスをして抱きしめて、想いのすべてを注ぎたくなる。
けれども、遼太郎はそうすることを思い止まった。自分の腕の中のこの安らかな眠りを、守ってあげたいと思った。
しかし、こんな裸のままで身を寄せ合っていると、欲求は尽きることがない。遼太郎はそっとみのりの頭を持ち上げて枕の上に置き、自分も静かにベッドから抜け出した。
帰りの飛行機の時間までには、まだしばらくある。みのりには、今はゆっくりと眠っていてほしかった。
薄く開けたまぶたの間から、光が飛び込んでくる。その光が、いつも感じている早朝の淡いものではないことに気がついて、みのりは反射的に飛び起きた。
「……今、何時っ?!」
そう叫びながら上半身を起こす。すっかり寝過ごして、仕事に遅れてしまうと直感的に思った。
……それから、時計のあるはずの場所に視線を走らせて、初めて覚る。ここが自分のアパートではないことに。
「今、お昼過ぎです。」
答えてくれる声を聞いて、みのりはローテーブルに着いて本を読んでいた遼太郎へと視線を向けた。
「えっ?……夢?……じゃない。どゆこと……?」
と言いながら遼太郎を凝視して、瞬きを繰り返す。
すると、目のやり場に困った遼太郎が、顔を赤らめさせて視線を泳がせる。
一糸まとわないみのりの姿。横たわっていないその様を改めて見て、遼太郎はその美しさに内心驚いていた。
遼太郎の意味深な反応を受けて、みのりも視線を自分へと向ける。
そこには、いつも見下ろしている胸の膨らみ……。
「は……!!」
みのりはとっさに両腕で胸を隠し、つい先ほどの出来事を思い出して赤面した。
「や、……やだ!私ったら。こんな明るいところで、こんなカッコウ見せちゃうなんて……!」
そう言いながら、ベッドの上の肌布団を体に巻きつけて、自分の服を目で探している。
今さらながらに恥ずかしがるみのりを、とても可愛らしく感じて、遼太郎はフッと息を抜いて微笑んだ。
「『こんなカッコウ』じゃないです。先生は、とても綺麗です。」
それを聞いて、みのりは胸元を押さえながら、疑わしい目を遼太郎に向けた。
「……今さら、お世辞なんて言う必要ないのよ?」
「お世辞じゃありません!先生は本当に綺麗です。俺が想像していたよりも、ずっと……!」




