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Rhapsody in Love 〜幸せの在処〜  作者: 皆実 景葉
遼太郎のアパート
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遼太郎のアパート 5





「それじゃあ、私はこの辺で。お邪魔しました。」



 そう言って立ち上がったみのりを見上げて、遼太郎がその表情をこわばらせる。

 その顔を見てしまった瞬間、みのりの決心が鈍ってしまう。けれども、振り切るように一歩踏み出したとき、焦っていたみのりはローテーブルにつまずいた。


 辛うじて倒れずに済んだものの、その拍子に、遼太郎の使っていたマグカップが跳ねて、残っていたコーヒーが飛び散り、敷かれていたラグを汚してしまった。



「ああっ!!」



 みのりはぶつけた足の痛さも忘れてとっさにひざまずき、バッグからハンカチを取り出した。



「先生、大丈夫です。俺が拭きますから。」



 遼太郎も素早く動いて、手近なところにあったタオルを持ってくると、ラグを擦るように拭き始める。



 いつもならば、みのりの相変わらずのドンくささを笑うところだけれども、二人にはそんな余裕はなかった。



 遼太郎の側にたたずんで、その手元を見つめていたみのりは、突然、何も言わないまま逃げるように身を翻した。

 張り詰めている気持ちが今にも弾けてしまいそうで、これ以上この部屋の中にいることはできなかった。


 みのりの行動に気づいた遼太郎は、顔を上げてタオルを投げ捨てた。大股でみのりを追いかけて、その前に回り込み、今まさにみのりが出て行こうとしていたドアの前に立ちふさがった。



「まだ……、帰らないでください!!」



 血相を変えた遼太郎が、切迫した声で懇願する。行く手を阻まれたみのりは、無言のまま理由を問う目で遼太郎を見上げた。



「まだ、何も大事なことを話せてません。」



 〝大事なこと〟とは何なのか……。それを知るのが、みのりは怖かった。だからこそ、できるだけ冷静に、みのりは〝先生〟という仮面をかぶり続けた。



「だって、狩野くんもこれから用事があるんでしょ?学校には行かなくていいの?」


「用事なんてありません。学校は今、秋休みだし。」


「でも、もう失礼するわ。私、行きたいところがあるし。狩野くんもせっかくのお休みなんだから、友達や彼女と遊びに行ったらいいじゃない。」


「……彼女?」



 遼太郎がみのりの言葉の一部に反応して、眉間にしわを寄せ、首をかしげる。



「ほら、昨日の。……『陽菜ちゃん』だったっけ?」



 陽菜の名前を聞いた途端、遼太郎の顔つきはますます険しくなり、みのりの言葉をきっぱり否定した。



「長谷川は、彼女でもなんでもありません。あの博物館のことを教えてもらったから、たまたま一緒に行っただけです。」



 それを聞いて、みのりの心が少しぐらついた。

 でも、大学に入って彼女を作った遼太郎は、もうとっくにみのりから〝卒業〟してしまっていて、今彼女がいるかいないかは問題ではない。

 それに、昨日会った陽菜は、遼太郎の完璧な彼女になり得る人物だと、みのりの目にも映った。



「……だったら、陽菜ちゃんをきちんと彼女にしてあげなさい。あの子はあんなに可愛い子だし、とても真剣に想ってくれてるじゃない。きっと狩野くんのためになってくれるから。」



 遼太郎は、みのりからそんなふうに諭されても、ぐらつかなかった。今目の前にみのりがいるのに、ほかの女性のことを考えられるわけがない。



「長谷川のことを彼女にしようなんて、これっぽっちも思ったことはありません。」


「どうして?大学生になって、何人か彼女がいたんでしょう?」


「大学に入ってから彼女を作ったのは、先生に言われたからです。」


「……私に?」



 思ってみなかったことを遼太郎から告げられて、みのりは言葉を潰えさせた。戸惑うように視線を向けているみのりの目を捉えて、遼太郎は言葉を付け足した。



「きちんと彼女を作って、女の人と付き合ってみるのも『宿題』だって。」



 みのりの顔色が変わり、戸惑いはいっそう濃くなった。

 それとともに、みのりの脳裏にあの春の日のことが甦ってくる。たしかにみのりはあの日、そうすることを〝宿題〟だと遼太郎に言った。それは、自分に固執する遼太郎を解き放してあげるために、借りてきたような言葉だった。

 でも、素直な遼太郎はその言葉を忠実に守って、きちんと〝宿題〟に取り組んだのだ。



「宿題だったから彼女を作ったの?……それじゃ、好きでもない子と付き合ったってこと?!」



「そうです。」



 きっぱりとそう言い切る遼太郎の答えを聞いて、みのりは思わず大きく開けられた口を両手で覆った。



「そんなことしたら、相手の女の子をずいぶん傷つけたでしょう?……どうしてそんなバカなこと……。」



 そう話しながら、みのりの中に罪悪感が募ってくる。方便として使った言葉が、遼太郎を振り回して、とんでもなく不実なことをさせてしまった。








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