再会の日 9
遼太郎と陽菜に別れを告げて、みのりは、人が行き交う街を行く当てもなくさまよった。
本当は、友達と会う約束なんてしていない。口から出まかせの嘘でもなんでも言って、一刻も早く少しでも遠くに、あの初々しく幸せそうなカップルから離れてしまいたかった。
それでも、振り返って、遼太郎がやっぱり追いかけて来ていないことを確かめると、絶望にキュッと胸がきしむ。
――私は、遼ちゃんの〝いい先生〟を演じられた?もう、本当の私に戻ってもいい?
そう思った瞬間、辛うじて平静を保っていたみのりの心の堰が崩壊した。それとともに、みのりの両方の目から無数の涙の粒がこぼれて落ちる。
街の明かりがぼやけて、視界が歪んで瞬きをすると、涙がまつ毛の先からほとばしった。手の甲で拭ってみても、涙はとどまるどころではなく、あとからあとから溢れて出てくる。
みのりはたまらず、広い歩道の真ん中で立ち止まった。込み上げる想いと相まって、喉の奥から嗚咽が込み上げてくる。
慰めてくれる人なんて誰もいないのに、みのりは子どものように声を上げて泣いた。
こんなに泣くなんて、自分はなにを期待していたのだろう。
初めから分かっていたはずだった。この想いが、幸せな未来など運んで来てくれるはずがないことを。離れ離れになってしまえばすぐに、自分は遼太郎にとって必要のない存在になってしまうことを。
分かっていたはずなのに、この想いがやっぱり叶わないと覚って、みのりは涙が止められなかった。心の中で支えのように存在していたものが砕け散って、自分がどうなってしまうのか分からなかった。
道を行き交う人々の、一人の肩が、みのりの肩とぶつかった。みのりがよろけても、その人物は何事もなかったかのように通り過ぎていく。
みのりは涙をぬぐいながら、周りを見回した。みのりへとチラリと視線を向けてくる人が何人かいたが、仕事帰りの人々のほとんどは、泣いて立ちすくんでいるみのりを気にすることなどない。
みのりは気力を振り絞って、歩き始めた。涙はまだ止められなかったけれども、荷物を預けているコインロッカーのある駅の方へと、とにかく歩き続けた。
ひたすらに歩いていると、みのりの頭の中に、この現実を合理化する思考が漂ってくる。
みのりの望んだ通りに遼太郎は成長し、正しい判断のできる人間になっただけのことだ。
世代も境遇も違いすぎる自分といるよりも、遼太郎にとって近い存在で、ずっとそばにいられる陽菜と生きていった方が、ずっと幸せになれる。
なによりも、陽菜はあんなに一途に遼太郎のことを想っているし、あんなにも明るく可愛くて賢い子だった。あの陽菜ならば、きっと遼太郎を幸せにしてくれる。
だから、これでよかったのだと思う。こうやって遼太郎に会えて、遼太郎の現在を知ることができて本当によかったと、みのりは思った。
遼太郎への想いは消えることはないと思うけれど、中途半端なままずっと引きずることはなくなった。『あの時、会いに行っていれば……』と、後悔だけはしなくて済む。
そして、どこにも踏み出せず立ち止まったままの今の状態から、一歩踏み出すことができるかもしれない。
東京から帰って、いつもと変わらない生活が再び戻ってきたとき、ちゃんと前を向いて生きていけるように……。
この想いは、この東京という大きな街に紛れさせて、置いて帰ろうとみのりは思った。




