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Rhapsody in Love 〜幸せの在処〜  作者: 皆実 景葉
再会の日
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再会の日 8




 そうしている間にも、みのりは背を向けて通りを歩き始める。その姿が遠ざかり、行き交う人に紛れてしまう時、思わず遼太郎はみのりを追って走り出していた。


 みのりの口調は、もう二度と会わない人に向けられる別れの言葉を唱えているようだった。せっかくここで出会えたのに、また会えなくなってしまうなんて……。




「狩野さん?あの、駅はあっちですけど、まだ先生に用があるんですか?」



 そのとき突然呼び止められて、遼太郎が振り返ると、陽菜が後を追って付いて来ていた。


 このままでは、きっと陽菜は自分と一緒に、どこまででも付いて来る。この陽菜が側にいる限り、先ほどのように無為な会話が続くばかりで、みのりとは肝心な話はできはしない。


 かと言って、強い言葉で陽菜を追い返すこともできず、みのりも見失ってしまった。遼太郎は、ため息をついて踵を返した。とにかく陽菜をサッサと駅に送っていって、帰らせることが先決だった。

 それからでも、みのりが友達に会うまでに、まだ時間はあるかもしれない。



 黙って最寄りの駅までの道を急ぐ遼太郎に、陽菜が声をかけてくる。



「狩野さんの先生、とっても素敵な人でしたね。あんなに綺麗な人、私の身近にはいないから、ビックリしちゃいました。」



――……当たり前だ。俺の好きな人なんだから。



 遼太郎は心の中でつぶやいた。遼太郎にとってのみのりは、もちろんこの陽菜を含めて、その辺にいる人間とは存在意義が違う。


 けれども、遼太郎はそれを口に出しては言わなかった。

 みのりのことをきちんと説明したら、陽菜はまとわりついてこなくなるかもしれないけれど、今はその時間さえも惜しい。陽菜の言葉に対して相づちも打たず、遼太郎は速足で歩き続ける。




 そんな遼太郎の態度に、陽菜もただならぬものを感じ取って、脳天気な言葉を慎んだ。前を歩く遼太郎の背中を追って、陽菜も黙々と歩き続ける。



 急いだこともあって、地下鉄の駅にはすぐに着いた。そこが、陽菜が帰るために便利な駅かどうかなんて、遼太郎には考える余裕はなかった。



「それじゃ……。」



 遼太郎は短くそう言って、陽菜が改札の向こうへ消えていくのを待った。

 遼太郎が急に不機嫌になった意味が分からないまま、陽菜は恐る恐る声をかけてみる。



「明日、ゼミのミーティングがありますけど、狩野さんは行きますか……?」


「……うん、行くつもりだけど。」



 その答えを聞いて、陽菜はいつものように輝くような笑顔を見せた。でも、遼太郎は、それをまぶしがるどころか、煩わしそうにもっとその表情を曇らせた。その遼太郎の態度に、陽菜はまるで追い立てられるように、改札の方へと足を動かすしかなかった。

 改札を抜けて、名残惜しそうに陽菜が振り返る。しかし、そこにはもう遼太郎の姿はなかった。



 踵を返して駅から駆け出た遼太郎は、すぐさまポケットからスマホを取り出して、みのりへと電話を掛けた。

 五回、十回とコールを繰り返す。店の前で別れてから、あまり時間も経っていないので、よほど近い場所で〝友達〟と待ち合わせをしていない限り、まだみのりは一人でいるはずだった。




 コールが途切れて、また電話をかけ直す。それを繰り返すにつれて、遼太郎の中の暗い不安が膨れ上がっていく。



 結局、何度か電話をかけてみても、みのりはそれには出なかった。

 着信に気づいていないのか……。それとも、着信者の名前を見て、それに敢えて出ようとしないのか……。



 ドキンドキンと、焦りと不安で激しく脈打つ胸の鼓動。遼太郎はわななく指を動かして、みのりへとメールを打った。



『時間があれば、先生と二人きりで話がしたいです。』



 思い切って〝送信〟をタップして、そのまましばらく待ってみる……。だけど、スマホはなんの反応もしてくれなかった。



『プロポーズはされてるのよ。』



 先ほど聞いたみのりの言葉を思い出して、遼太郎の体には震えが走り、思わず夜の街の中で立ち尽くした。


 もう、大学を卒業するまで待っていられない。

 今の自分が独り立ちをしているとか、みのりに見合う人間に成長しているか、なんて関係なかった。今、みのり引き止めておかないと、どんなに想い焦がれても一生手の届かない人になってしまう。



 でも、こうやって気持ちばかりが先走って焦っても、遼太郎はもう、みのりがどこにいるのか分からない。東京というこの大きすぎる街の中に、紛れてしまったみのりを、見つける術はなかった。



――さっきまで、あんなに近くにいたのに……。



「……俺、何やってんだ……。」



 遼太郎の唇の端から、後悔がにじみ出る。

 状況に流されてしまって、決断力や行動力を持てなかった自分が、本当に情けなくて腹立たしい。


 どんな手段を使ってでもみのりと二人きりになって、この腕に抱きしめられたなら、みのりも想いが通じ合っていた頃の気持ちを思い出してくれていたかもしれない。


 でも、みのりはいなくなってしまった。

 やるせなさと焦りを抱えながら、遼太郎の足を向ける先は自分のアパートの部屋しかなった。





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