再会の日 7
あの春の別れの日、みのりは確かに遼太郎のことを『待ってない』と言った。みのりの年齢を考えると、結婚することも不自然ではないのに、遼太郎は大学を卒業して一人前になったら、なんの迷いもなく、みのりのもとへ戻るつもりでいた。
そんな遼太郎は、平静をよそおいながら、その内面では激しく動揺していた。いきなり突きつけられたこの現実を、自分の中でどう処理すればいいのか分からなかった。
声が震えてしまうのを懸命に抑え込みながら、遼太郎はみのりに問いかけた。
「……その人と、結婚するんですか?」
遼太郎の声を聞いて、みのりは遼太郎に視線を合わせた。
「私も、もう三十三だから……、そろそろ考えなくちゃね……。」
曖昧なみのりの返答を聞いて、遼太郎はますます不安になる。
みのりの心は、結婚する方へ向いているのではないかと。その心の中には、自分への想いなど、跡形もなくなってしまっているのではないかと。
複雑な表情を見せる遼太郎に、みのりはほのかに微笑んでみせた。そうやって笑いかけられても、遼太郎の不安は膨れ上がるばかりだった。
「狩野さん。高校生のとき、やっぱりラグビー頑張ってましたか?」
みのりは再び陽菜から、高校時代の遼太郎のことを尋ねられる。どうやら陽菜は少しでも、みのりから遼太郎についての情報を聞き出したいようだ。
「ラグビーのことは、私から聞かなくても、狩野くん本人からの方が詳しく聞けると思うけど。」
「それが、はぐらかされるばかりで。日曜日にコーチをしてるラグビースクールのことも、どこでやってるのかさえ教えてくれないし。」
みのりと陽菜の会話は、自分についての話題で盛り上がりつつあるのに、遼太郎の耳にはもう入っていなかった。胸の鼓動が不穏に激しくなりながら、遼太郎は向かいに座るみのりから目を離せなかった。
食べている様も微笑む様も、首をかしげたり髪を耳にかけたりする様も、陽菜の中に探していたものなどではなく、遼太郎がずっと思い描いていた正真正銘の愛しい人の姿だった。
そのみのりが、今こうやって目の前にいるなんて、本当に奇跡のような偶然だと思った。
ずっと会いたかった人にやっと会えたのに、こうやって見つめているだけなんて。
今にも溢れ出してしまいそうなみのりへの想いと陽菜への苛立ち。それらが入り混じって、遼太郎は自分の感情をなかなか制御できなかった。
ここで無理矢理に陽菜を追い払うことは、きっとみのりは望んでいないし、もし店の中で騒ぎを起こすことになれば、みのりを困らせてしまう。なによりも楽しそうに会話をし、食事をしているこの雰囲気に水を差すことは、遼太郎にはできなかった。
ただ黙って食べ物を口の中に押し込み、陽菜がもたらす他愛のない会話が通り過ぎていくのを待つしかなかった。
〝食事をする〟という和やかな、それでいてもどかしい時間から遼太郎が解放されたのは、八時になろうかという頃だった。
店を出て、やっとみのりと二人きりになれると思った矢先、遼太郎はみのりから釘を刺される。
「狩野くんは、彼女をちゃんと送ってあげなきゃね。」
意識の片隅にもなかったことを突然言われて、遼太郎は思わず陽菜にチラリと視線を投げた。
今までだって、遼太郎が陽菜にそんなことをしてあげた覚えもないし、そんなことをしなければならない義理もない。しかし、こんなことを言い出すあたり、やっぱりみのりは、陽菜のことを遼太郎の〝彼女〟だと思い込んでいるようだ。
「それじゃ、近くの駅まで送ってください。」
みのりの後押しがあるのをいいことに、陽菜も調子に乗って、嬉々とした笑顔を遼太郎に向けた。
――冗談じゃない!
と、心の中で異を唱えたことを、遼太郎はそのまま口から放ってしまいたかったが、〝先生〟の言うことに真っ向から口答えはできなかった。
そのやり取りは軽く受け流すことにして、遼太郎はみのりの方に話を振った。
「……先生はこの後、予定があるんですか?」
やっぱりどうしても、これからみのりと二人きりになって話がしたかった。なんとかしてみのりの誤解を解いて、今でもずっと想い続けていることを伝えたかった。そして、これまでのこと、これからのことをきちんと話しておきたかった。
「うん。この後は、東京にいる友達と会う予定になってるの。」
遼太郎の問いに、みのりがサラリと答える。どうやらみのりの頭の中には、遼太郎と個人的に話をしようという考えはないようだ。
焦りと落胆とが入り混じる遼太郎の横で、気の利く陽菜は心配そうな顔をみのりに向けた。
「えっ?私たちと食事なんてして、大丈夫でしたか?」
「大丈夫よ。友達も仕事で遅くなるって言ってたから、逆に時間をつぶせて助かったのよ。大学生になった狩野くんの様子も知ることができて、嬉しかったし。」
そう言ってくれながら、みのりは遼太郎を見上げて、優しい視線も注いでくれる。
「これから就職活動も大変になるけど、頑張ってね。……それじゃ、元気で……。」
みのりの眼差しに、遼太郎は胸がキュンと鳴くばかりで、自分の思いをなにも言葉にできなかった。




