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Rhapsody in Love 〜幸せの在処〜  作者: 皆実 景葉
再会の日
166/199

再会の日 5




 大学の近くということもあって、特に陽菜はこの辺りのお店に詳しかった。候補になるお店を数軒あげ、遼太郎に相談する。しかし、遼太郎は話を振られても、不愛想に相づちを打つだけで、ほぼ陽菜の独断でその店は決められた。


 みのりは、並んで歩く二人から少し離れて付いていく。すると遼太郎が、そんなみのりを気にして振り返った。



「先生は、どうして東京に?……仕事は?」



 問いかけられて、みのりは笑顔を作って答える。



「遊びに来てる感じじゃないでしょ?出張なの。東京にある国立大学の付属高校で地歴科の研究大会があったのよ。」



 言われてみて、みのりの姿を確かめてみる。いつも遼太郎が学校で見ていたよりも、幾分きちんとした感じを受けた。それでも、大人の女性なのにとても可憐な感じは、遼太郎の記憶にあるみのりそのままだった。


 そんなみのりを見ていると、遼太郎の胸の鼓動は、ドキドキと激しくなってくる。

 目の前に本物のみのりがいるなんて、まだ信じられなかった。会いたいという思いが強すぎて、幻を見ているのではないかと思った。



 遼太郎はもう、陽菜の存在なんかそっちのけで、みのりから目を離せなくなる。夢でも幻でもいいから、早くこの手にみのりを抱きしめたくてたまらなくなった。いっそのこと、みのりの手を引いて二人で駆け出し、陽菜をいてしまおうかと思い始める。




 しかしその矢先、目的の店に到着してしまった。



「ここ、ゼミ生たちの飲み会なんかもするんですけど、安くてけっこう美味しいんです」



 遼太郎とみのりの過去など知る由もない陽菜は、遼太郎に向けるものと同じ笑顔を、みのりにも見せてそう言った。みのりも陽菜に応えて、にこやかに笑ってみせる。



「私は飲めない人なんだけど、こんな感じのお店、大好きよ」



 それを聞いて、遼太郎は密かに嘆息する。観念するように店のドアを開けると、女子二人を迎え入れた。

 当然のように陽菜が先に入り、みのりはそんな行動を取ってくれた遼太郎のことをじっと見つめた後、視線を落として遼太郎の側をすり抜けた。


 花のような澄んだ空気のような匂い。

 みのりが側を通りすぎるとき、かつて足を踏み入れたみのりの部屋が、遼太郎の目に浮かんだ。



 訪れたところは古い構えの店で、ピザやパスタをメインとするような洋風の居酒屋だった。

 予約はしていなかったけれども、まだ時間も早いとあって店内にはまだ余裕があり、細々した調度品を見ながら奥の席に案内される。するとそのとき、みのりの足がなにかに引っかかり、前につんのめった。



「きゃ……っ!」



 みのりからは思わず声が漏れ、そのまま床に激突すると思われた瞬間、体が宙を浮いて元の体勢に戻されていた。




 危機から回避され、みのりが息をついて顔を上げると、遼太郎が背中側から腕を回してみのりの体を支えてくれていた。



「そこ。前に来た時に、段差があるの知ってたんです。」



 遼太郎に言われて、みのりが足元を確かめると、確かに小さな段差があった。



「先生は、ほんとに相変わらずですね」



 お礼を言うよりも先に、遼太郎から相変わらず〝ドンくさい〟ことを指摘されて、みのりは顔を赤らめて絶句する。

 さらに、遼太郎の優し気な切れ長の目が、笑みを含んで細くなると、みのりの心臓が跳ね上がった。


 昔と変わらない、大好きだった遼太郎の表情。そんな遼太郎を見るたびに、いつもみのりの胸は、まるで少女みたいにときめいていた。


 胸が切なく鼓動を打ち始めて、みのりは自分が今、何をしようとしていたのか分からなくなる。



「……大丈夫だったですか?『相変わらず』って?」



 しかし、陽菜に声を掛けられて、みのりは自分を取り戻した。陽菜から座るように促されて、テーブル席に落ち着く。



「私、とてもドンくさいの。自分では気をつけてるつもりなんだけど、いつも狩野くんや生徒たちに笑われてたわ」


「先生は、お綺麗なだけじゃなくて、可愛いところもあるんですね」



と、気の利いた相づちを打ってくれる陽菜は、みのりの斜向かい、遼太郎の隣の席にちゃっかりと落ち着いている。





「ありがとう。よく言われる。」



 そんな陽菜に対してみのりはニッコリと笑うと、冗談を含ませてそう答えた。すると、陽菜はそれを面白く感じたのだろう、明るく声を立てて笑って応える。



 みのりはそんな陽菜を見て、本当に可愛い子だと思う。くるっとした目はいつも潤んで輝いているようで、鼻や口も形よく整っていて愛らしく、なによりも屈託のないその笑顔には、女のみのりでさえドキッとするほどだ。

 陽菜はさらに気立てもよく、こんな子ならばきっと誰だって好きになってしまう。


 ……きっと、遼太郎もそんなふうに思っているのだろうと、みのりは想像を巡らせた。



 みのりの向かいに座る遼太郎も、確かに遼太郎には違いないのだけれど、みのりの記憶の中にいる高校生の遼太郎とは、全く違っていた。

 ラグビーをしていた頃の土っぽさが抜け、都会の空気に上手になじんで洗練されている。高校生のあどけない面影はなくなって、きちんと意志を持った〝大人の男性〟の雰囲気を、みのりは感じ取った。



「狩野さんって、高校生の時は、どんな生徒だったんですか?」



 甲斐甲斐しくパスタを取り分けながら、陽菜がみのりに質問する。

 すると、みのりではなく遼太郎の方が、怪訝そうに合いの手を打った。



「どんな生徒って、普通の生徒だよ。なんでそんなことが知りたいんだ?」




「だって、好きな人のことは、なんでも知りたくなるものでしょ?先生の目から見た狩野さんって、どんなだったのかな……って。」



 陽菜は初対面のみのりに対しても、遼太郎を好きなことを隠すことはない。それだけ〝無邪気〟ということなのかもしれないが、今の遼太郎にとってはただの〝無神経〟にしか思えなかった。


 目の前にいるみのりは、陽菜のそんな告白を聞いても、驚いたりたじろいだりすることなく、ずっと柔らかい微笑みを浮かべている。




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