再会の日 4
「狩野さん?どうしたんですか?」
そのとき、女の子の声がみのりの耳に飛び込んできた。
みのりの心をそのまま映すように、目を見開いて固まっていた遼太郎が、その一言で我に返る。
我に返っても、突然の出来事を自分の中で処理しきれないのだろう。遼太郎からは何も言葉が出てこず、ただ陽菜の方に振り向いた。
「……お知合いですか?」
遼太郎を見上げて尋ねる陽菜の両腕が、遼太郎の腕に巻き付けられているのを見て、みのりの心臓がドクンと一つ大きく脈打った。
恐怖にも似た戸惑いが体中を駆け巡る。
体が震えてくるのを感じながら、それが〝どういうことなのか〟を考えて、 みのりは自分の立場を〝教師〟の方へと切り替えた。
『……先生』とつぶやいたきり、何もみのりに発せられず、陽菜の問いにも答えられない遼太郎に、みのりはニッコリとした笑顔の仮面をかぶって見せた。
「もしかして……、本当に狩野くん?」
みのりの方から話しかけられて、恐る恐る遼太郎はみのりに目を合わせた。それから食い入るような強い視線を、みのりの顔や髪や全身に走らせて、やっと口を開いた。
「……はい。」
「こんなところで会うなんて、すごい偶然ね」
遼太郎の返事を聞いて、みのりはもっと柔らかい笑みで表情を満たした。
「……あの?」
陽菜が自分の存在をアピールするように、みのりと遼太郎の顔をかわるがわる見ながら、声を発する。すると、そんな陽菜の姿を確かめて、みのりは眼差しを和らげた。
「私は、狩野くんが高校生の時の先生です。」
「そうなんですか!ホントにすごい偶然ですね!」
パッと明かりがともるように、陽菜が笑顔をはじけさせた。その若く健康的な可愛らしさに、みのりも思わず心を奪われる。
「可愛いわね。……狩野くんの、彼女?」
みのりのその言葉に、遼太郎がハッとして、自分の腕に巻き付けられている陽菜の腕に気がついた。それを振りほどいて、みのりの言葉を否定しようとしたが、陽菜は逆に遼太郎の腕にしがみついた。
「はい!……みたいなものです!!」
満面の笑みで答える陽菜を、信じられないような顔をして遼太郎が睨む。そんな形相の遼太郎を見ても、陽菜は肩をすくめて小さく舌を出し、悪びれる様子はない。
「……大学のゼミの、ただの後輩です。」
遼太郎はそう言いながら、自分の腕に力を込めて、陽菜の腕の中から抜き取った。否定したつもりだったが、みのりがどんなふうに理解したのか、確かめられなかった。
「先生は、元気でしたか?」
尋ねられて、みのりが遼太郎を見上げる。その優し気な眼差しは、昔と変わらなかった。逆に、じっと遼太郎の様子を確かめるように見つめた後、また笑みを浮かべた。
「相変わらずよ。歳を取った分、体力は落ちてると思うけど。」
そう答えるみのりは、本当にあの春の日に別れた時と変わらず、透き通るように綺麗で可愛らしかった。変わったところと言えば、髪がずいぶん長くなっていて、遼太郎の記憶の中にはいないみのりだった。
「狩野くんも……、相変わらず元気そうね。」
そう言ってくれるみのりの言葉が遼太郎の全身にしみわたって、突然の再会という驚きで凝り固まっていた遼太郎の心が覚醒し始める。
早く、誰もいないところでみのりと二人きりになって、こんな当たり障りのない会話ではなく、もっと深い話をして、再会の喜びを分かち合いたかった。
そのとき、この博物館の閉館を告げる放送が流れる。それを聞いて、その再会の場に居合わせた陽菜が、余計な気を利かせた。
「ここはもう、閉まってしまうみたいですし。立ち話じゃなくて、落ち着いて話しませんか?この後、一緒に食事でもしましょう!」
早く陽菜を追い払いたい遼太郎は、『冗談じゃない!』と一蹴しようとしたが、それよりも先に、みのりの方が答えた。
「デートの邪魔しちゃ、悪いわ」
こんなことを言うあたり、やはりみのりは陽菜のことを、遼太郎の〝彼女〟だと思っているようだ。
「邪魔なんて、とんでもありません。狩野さんの高校生の時の話、聞かせてください!」
陽菜からの誘いを受けて、みのりも戸惑った。
この幸せそうなカップルの前から、一刻も早く姿を消してしまいたい気もするし……。思いがけなく会えた遼太郎の様子を、もう少し見届けたい気もするし……。
みのりはチラリと遼太郎の顔を見上げて、その表情を確かめてみたけれども、そこに遼太郎の意思は読み取れなかった。
「……それじゃ、一人でご飯を食べるのも寂しいから」
戸惑っている間に、断る理由を見つけられなかったみのりは、そう答えてしまっていた。
みのりが決めてしまったことを、遼太郎は否定できない。しょうがなく成り行きで、陽菜を交えて三人で食事に行くことになってしまった。




