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Rhapsody in Love 〜幸せの在処〜  作者: 皆実 景葉
再会の日
164/199

再会の日 3



 東京での研究会は、とある国立大学の付属高校が主催する地理歴史科の研究大会で、全国規模のものだった。

 午前中には研究授業とその反省会、午後からは分科会や講演会と、その内容も盛りだくさん。こんな大きな研究会に出席するのは、みのりも初めてのことだったので、たくさんの刺激を受けることができて、すべての日程を終えた。



 時計を見たら、まだ四時前だった。当初の予定では、これから空港に移動して帰る予定だった。けれども予約した飛行機は、ちょうど明日の同じ時間だ。かねてより、明日は年次休暇を取ってあるから、これから丸一日、自由な時間ができた……。



 それでも、この期に及んで、みのりはまだ迷っていた。遼太郎に会うべきか、会わない方がいいか……。

 決めかねている間にも、行く当てもないみのりの足は、自然に遼太郎の通う法南大学へと向かっている。電車や地下鉄を乗り継いで、大学の正門まで来てみたけれど、そこでみのりの足は止まってしまった。



――もし、ばったり、遼ちゃんに会ってしまったらどうしよう……。



 みのりには、まだ覚悟ができていなかった。いきなり遼太郎に会ってしまうのが、怖かった。



――こんな想いを引きずっているのは、私だけかもしれない……。



 ほかの卒業生と同じように遼太郎にとっても、みのりは思い出すのに少し時間を要するような、〝思い出の一部〟となってしまっているかもしれない。

 現に、みのりは〝今の遼太郎〟を想像することさえできない。みのりの知らない今の遼太郎に会って、何を話せばいいのだろう。



 みのりは、再びあてどもなく歩き始める。歩く途中で立ち止まり、携帯電話に残されている二俣からのメールを開いてみる。そこにある遼太郎の住所に行ってみようか…という思いがよぎった。



――……でも、そこに行って、もし遼ちゃんの〝彼女〟が出てきたら……!?



 二俣が言うところの、『ありもしないことを勝手に想像している』だけなのかもしれない。こんなところまで来て、同じ思考を何度繰り返しているのだろう…と思う。

 だけど、いろんな可能性を想像して、みのりは怖くてしょうがなかった。



 みのりは両目をギュッとつぶって、その苦しさが通り過ぎていってくれるのを待った。目を開くと、涙で視界が潤んで見える。

 そのぼやけた視界の中で、一つの看板が、まるでみのりをいざなうように、意識の中に飛び込んできた。


『日本人のあゆみと環境問題』


 それは、区立の博物館の企画展示を知らせる看板だった。


 思わず、遼太郎を連想してしまったのは言うまでもないが、どちらかというと日本史の教師としての好奇心の方が強かった。閉館まであまり時間はなかったが、みのりはほとんど無意識にその博物館へと足を踏み入れていた。


 少し殺風景な展示室にはあまり目玉となるような展示物はなかったけれど、東京の地理に基づいた環境問題の歴史的変遷をうまくまとめていた。

 展示を見ながら、みのりは一冊の本を思い出した。卒業レポートで遼太郎が使った本。あの『環境の日本史』という本は、遼太郎に譲ってしまったが、遼太郎はまだあの本を持っていてくれてるだろうか……。



 そんなことを思いながら、展示室から物販コーナーの部屋に入ってみる。博物館の図録などは、こんなところでなければ手に入らないものも多く、みのりはそれらを丹念に見て回った。


 そして、専門書のコーナーのところで、あの本を見つけた。今まさに一人の男性がそこに戻した一冊の本が、浮かび上がって見えた。まるで引き寄せられるように、みのりの腕はその本に伸びて、手に取ってみる。



 その瞬間、とても不思議な空気に包まれた。まるで、芳野高校のあの犬走の渡り廊下にいるみたいに愛しくて懐かしい感覚……。その感覚をもたらす源を探して、みのりの視線がさまよった。



 自分に向けられている視線とみのりのそれがぶつかったとき、みのりの息は止まり、頭の中が真っ白になった。自分が今どこにいて、なにを見ているのか分からなくなった。


 きっとまた、夢を見ているんだろうと思った。自分の想いが生んだ儚く切ない夢……。



 みのりは何度もこんなふうに、遼太郎に会えることを思い描いていた。夜は夢の中で、昼は深い想いの中で。

 ……きっと今目の前にいる遼太郎も、声をかけてしまうと目の前から消えていなくなってしまうと思った……。




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