再会の日 2
「みのりちゃんは、どうするの?好きな人のこと。みのりちゃんは、ずっと今のまま一人でいるの?」
思いがけないことを聞かれて、みのりは思わず息を呑んだ。みのりの身に起こっていることのすべてを、愛に見透かされているような気持ちになった。
「私は……」
少しの焦りを伴って、言葉を詰まらせるみのりに、今度は愛の方がアドバイスする。
「みのりちゃんって、人の恋愛のことはよく分かってるのに、自分のことになると臆病なんだね。でも、私。みのりちゃんには幸せになってほしい。勇気を出してみて、ダメならダメでいいじゃない。引きずってると新しい一歩も踏み出せないし、幸せにもなれないと思う」
愛の言っていることは、真実をついていた。同時にみのりの胸をも貫いて、押し込めていた迷いが再燃する。
「そうね……」
みのりは笑顔を作って、一言そう答えた。けれども、その心を映して、笑顔を保つことはできなかった。表情をこわばらせて唇を噛むみのりを、愛は覗き込んだ。
「……みのりちゃん……?」
愛に見られまいとみのりは顔を逸らしたが、その瞬間に、張り詰めていたものが切れてしまった。自分を制御できずに、涙がこぼれ出た。
放課後の渡り廊下で、こんなふうに泣いてしまったら、まだ大勢行き来している生徒たちに見られてしまう……。それなのに涙が止められず、みのりは本当に情けなくて、教師失格だと思った。
その涙を見て、愛は言葉を逸する。みのりの背中に手を当てて、行き交う生徒たちに背を向けるように、ふたりで窓の方を向く。
「みのりちゃん?どうしたの?……話してみて?何にも分かってない私なんかが、役に立てるかどうか分かんないけど……。」
こんなふうに生徒に慰められるなんて、何をやってるんだろうと思う。それでも、こんな愛の優しさが、本当にありがたかった。今は誰かにすがって、この苦しさから救い出してもらいたかった。
「……もう、自分がその人のこと好きなのかどうか、分からなくなっちゃった。思い出すだけで、こんなにも苦しくて苦しくて……。」
言葉を絞り出しながら、みのりの瞳から大粒の涙がポタポタと零れ落ちた。そんなみのりを、愛はただじっと見つめ続ける。
愛は自分の中にあるものを言葉にできるように考えてから、みのりの涙が落ち着いたころを見計らって口を開いた。
「苦しくて辛いのは、その人のことが好きだからだよ?好きでも何でもなかったなら、何も感じないはずだもん。苦しければ苦しいほど、その人のことが好きで好きでたまらないってことだよ。それほど好きな人なんだから、苦しいからって好きでいることを止めちゃうと、きっとみのりちゃんがみのりちゃんでなくなっちゃうよ。」
みのりはその言葉にハッとして、涙で潤む目で愛の顔を見つめ返した。
「我慢しないで会いに行ったらいいじゃん。自分が間違ってたと思うのなら、謝ればいいじゃん。好きな人の側にいたいって思うのは、自然なことだよ。不自然なことしてるから、苦しいんだよ。」
苦しさに凝り固まっていたみのりの心を、愛の言葉が優しく解かし出してくれる。恋愛に対して、とても素直な心で向き合っているからこそ、言葉にできた〝真理〟だとみのりは思った。
「だから、一歩。勇気を出して踏み出そう?そこからどんな道になってるのか分かんないけど、今の苦しいままでいるよりいいじゃない?」
みのりは何も思いを口にできなかったが、愛の言葉を胸の奥にしまい込んで、それに応えるように涙を拭ってほのかに笑みを浮かべた。
愛は、そのみのりの笑顔を見て、自分もニッコリと表情を笑みで満たす。
「それじゃ、みのりちゃん!一緒に勇気だそう!!一緒に頑張ろ!!ね?」
まさに体育会系のノリで、愛はみのりの両手を取った。みのりはそれにつられて、思わず微かにうなずいた。すると、愛はもっと嬉しそうに、その笑顔を輝かせる。
「みのりちゃんが一緒なら、私も心強いな!さあ、私は部活に行かなきゃ!」
廊下を軽快に走って遠ざかっていく愛を、見えなくなるまで見送って、みのりは職員室へと戻った。
研究会の書類をもう一度出して、食い入るように見つめ、考える……。
そして、パソコンを開くと、研究会当日に帰る予定にしていた航空券の予約を、次の日に変更した。




