再会の日 1
「仲松先生、忙しいところを申し訳ないんだが、この研究会に出席してきてくれないかな?」
地理歴史科主任の吉成先生からそう持ちかけられたのは、九月になったばかりの頃だった。
「これ、僕が行く予定にしていたんだけど、高文連の会議が入ってしまってね。僕は新聞部の方の責任者だから欠席するわけにはいかなくて。三年部の先生には、この時期頼めないしね。仲松先生にお願いしたいんだ。」
たしかに、この9月は三年部は指定校推薦の業務で、休みがないほど忙しいのは、みのりも十分知っている。吉成先生にそう言って懇願されながら、渡された書類に目を落としてみると、研究会の場所は〝東京〟だった。
「もちろん出張扱いになるから、旅費も出るよ。」
「………。」
考え込むみのりに、吉成先生はその気がないと判断したらしい。肩をすくめて、みのりから書類を受け取って背を向ける。
「しょうがない。せっかく申し込んでたんだけど、この研究会は欠席するって連絡を入れるよ。」
「……待ってください!!」
とっさに、みのりはそう言って呼び止めていた。ニッコリと吉成先生は笑って振り返ると、もう一度その書類をみのりに渡してくれた。
「仲松先生が行くことになったって、僕の方から連絡しておくね」
吉成先生はそう言ってくれていたが、それはみのりの耳には既に入っていなかった。ただ書類を見つめたまま、ドキンドキンと胸が激しく鼓動を打っていた。
東京へ行ったからといって、遼太郎に会えるわけではない。けれども、近くに行けると思っただけで、こんなにも胸が切なく痛みを帯びる。
そして、このことはこの日から、みのりにひとつの悩み事をもたらした。
二俣から送られてきたあのメール。そこに書かれていた遼太郎の住所。あの場所に行けば、きっと遼太郎には会える……。
遼太郎に再会して、以前のように抱きしめてもらえることを思い描いただけで、みのりの心も体も震える。反面、みのりが危惧したように、遼太郎には今はもう彼女もいて、自分のことなど忘れてしまっているかもしれない。
会いに行ってもいいだろうか……。今更会いに行ったら迷惑だろうか……。何よりも、未来へ向かって歩んでいる遼太郎の妨げになるのではないだろうか……。
うつうつと悩んでいる間にも、研究会の日はどんどん近づいてくる。そんな日々を過ごしていた時のことだった。
「みのりちゃん!」
放課後の職員室で、みのりは愛から声をかけられた。3年の教師のもとに、勉強のことで質問に来ていたらしい。
あれから俊次とのことはどうなったのだろう……。
それも気になっていたみのりは、人の多い職員室を出て、落ち着ける渡り廊下で愛と向き合った。
すると、みのりが愛のことを聞き出すよりも先に、愛の方から質問された。
「お兄ちゃんが心配してた。『みのりちゃんは元気か?』って。ちょっと言い過ぎたって言ってた。」
それを聞いて、みのりもあの出来事を思い出して、ため息をついた。
「……夏休みに二俣くんが会いに来てくれたのに、些細なことで言い合いみたいになってしまって……。」
「みのりちゃん、うちのお兄ちゃんは単細胞だから。あんなヤツの言うことなんて、気にしなくていいんだからね。」
愛がそう言ってくれている様子は、みのりを慰めようとしてくれているよりも、却って二俣を弁護しているようにも受け取れた。
「大丈夫。愛ちゃんに言われるまで、そのことだって忘れてたわ。……それより、愛ちゃんの方はどう?俊次くんとは仲直りできた?」
その話題を持ち出されて、愛はぐっと言葉を飲み込んだ。唇を噛んで、自分の中の想いを整理して、みのりに打ち明けようか迷っているようだった。
「……仲直りっていうか……。別に、普通にしてるけど。……でも、一時みたいに険悪じゃなくなったかな?みのりちゃんのおかげだと思う」
「私は、何もしてないわ」
そう言ってみのりが柔らかく微笑むと、愛はそれに後押しされるように、自分の中にある決意を口にした。
「……みのりちゃん。私ね、花園の予選が終わると引退でしょ?だから、そのときアイツに言おうと思ってるの」
それを聞いても、みのりはピンと来なかった。愛が何のことを言っているのか分からず、首をかしげる。
「……その、アイツのこと、好きかもしれないって」
恥ずかしそうに宣言する愛の言葉を聞いて、みのりはもっと首をかしげた。
「……『かもしれない』?」
「だって……!自分でもよく分かんないんだもん!……でも、言っておかなきゃって、思って……」
――それはもう、「好き」っていうことなのよ。
みのりは心の中でそう思ってしまったが、口には出さなかった。もう一度柔らかい微笑みで、愛を包み込む。
すると、今度は愛の方が、みのりに問いかけた。




