夏合宿、恋模様 10
前期の試験も終わり、大学は短い秋休みに入る。
その休みの間に、遼太郎は陽菜から博物館に行こうと誘われた。大学にもほど近い、区立の博物館だ。ここで「日本人のあゆみと環境問題」という企画展示が行われることを、例によって陽菜がリサーチして教えてくれたのだ。
企画のテーマを知って、すぐに遼太郎は「行きたい!」とは思ったが、陽菜と二人きりで行くのには、樫原とのこともあり、やっぱり抵抗があった。
どこまで陽菜がこの展示に興味があるのか分からないが、こういうことを調べてくるのも、遼太郎の気を引いて気に入られたいという目的が大きいだろう。
佐山が言うように、下手な情けをかけて深入りさせたくはない。けれども、陽菜が教えてくれた企画展示なのに、誘いを断って一人で行くような露骨に嫌味なこともできなかった。
優しいことが裏目に出て、優柔不断な遼太郎は、結局断れずに陽菜のペースに流されてしまう。
――……ゼミの先輩と後輩として、行くだけだし……。
遼太郎はそう自分に言い聞かせて、憂鬱さを押し殺した。
博物館の前で待ち合わせて、遼太郎を見つけた陽菜が駆け寄ってくる。しかしその様子は、遼太郎の思惑とは裏腹に、誰がどう見ても〝彼氏と彼女〟に他ならなかった。
「こんな小さな博物館の企画展示なんて、よく見つけたね。」
展示を見ながら遼太郎がそう声をかけると、陽菜は嬉しそうに笑顔の花を咲かせた。
「狩野さん。こういうテーマのもの、好きかと思って。見つけた時には、絶対に知らせなきゃ!!って思って。」
陽菜のこんな無邪気なところを見てしまうと、邪険にすることもできなくなる。
それに何より、陽菜の何気ない笑顔や仕草の中に、みのりの影が浮かぶ。無意識のうちに、それを追い求めている遼太郎がいた。
「…高校生の時、こういうテーマでレポートを書いたんだ。ここの展示もレポートと同じ部分もあるけど…。」
「えっ!高校生の時に?!さすが狩野さん!意識が高かったんですねぇ!」
陽菜からそんなふうに持ち上げられて、遼太郎は苦笑して肩をすくめる。
今思えば、たったあれだけのレポートだったのに、書くのにかなり苦戦してしまい、他の生徒よりも随分みのりの手を煩わせてしまった。
「意識が高いどころか、レポートの内容はめちゃくちゃだったけど。…でも、原点回帰して、こういうテーマを調べてみても面白いかもな。」
遼太郎は、陽菜に向かって答えるというより、自分自身に向かって呟いた。
日本人がこの国の歴史を積み重ねてきた間に、どの時代にも日本人を取り巻く〝環境〟があったはずだ。人と環境との間に〝問題〟があって、それに対応したり解決したりしてきたはずだ。そして、現代においても、そこから学び取れることがあるかもしれない……。
何よりも〝歴史〟を掘り下げることは、みのりにも繋がっていられる気がした。
遼太郎かみのりに想いを馳せている一方で、陽菜は遼太郎の呟きの言葉を聞いて、自分のことのように目をキラキラさせて乗り気になった。
「わぁ!ホント面白そうですね!またいろいろ調べて、役立ちそうな情報があったら、お知らせしますね。」
相変わらずな陽菜に、遼太郎は諦めにも似たため息を吐く。
まだ当分は今のままの状態で、こんな陽菜の存在を否定しないでおこうと思う。
〝彼女〟として付き合うつもりは、もちろんない。深入りさせるつもりも、更々ない。けれども、陽菜が同じゼミにいて、このまま側にいることを避けられないのなら、それはみのりから出された〝宿題〟をもう一度やってみるようなものだ。
「あ、ほら、狩野さん!こっちに、関連する本置いてますよ!!」
陽菜は早速それを見つけて、遼太郎に向かって手招きする。遼太郎も素直にそれに応じて、数々の本が並ぶその部屋へと向かった。
ミュージアムグッズの販売を行っている室内の半分ほどを使って、企画展示の図録やそれに関連する本の販売が行われている。人もまばらな展示室よりも、こちらの方が人が多く盛況のようだった。




