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Rhapsody in Love 〜幸せの在処〜  作者: 皆実 景葉
遊園地 Ⅱ
16/199

遊園地 9



 遊園地の端にある観覧車は、待つことなくすぐに乗ることができたのだが、回ってきたのはカップル用のハート形でピンクのゴンドラだった。

 みのりには、さすがにそれが気恥ずかしくて、ちょっと戸惑っていたとき、次に並んでいた小さな女の子がそれに乗りたがったので、遼太郎と目を合わせて順番を譲ってあげた。



 次に回ってきた普通のゴンドラに、遼太郎に手を引かれて乗り込んでも、みのりは隣ではなく向かい側へと座った。少しずつ高くなっていく間も、二人の間に言葉はなく、ただ遠くなっていく地面を見つめている。


 決して険悪な沈黙ではないが、口を開いて少しでもこの空気が揺らぐと、張りつめたものが弾けてしまいそうだった。



 みのりの体の中には、自分でも抱えきれないほどの遼太郎への想いが詰まっている。それは、こうやって遼太郎と一緒にいるだけで、1秒ごとに大きくなっていく。普段はそれを心の奥底へと閉じ込めて、それらの一部を表現しているにすぎない。


 けれども、今は、先ほどの遼太郎とのやり取りで想いがかき乱されていて、口を開いたり、少しでも遼太郎に触れたりしたら、その想いがせきを切るように暴れ出してしまうだろう。



 遼太郎はみのりの向かいから、外の風景を見渡すこともなく、みのりの思いつめた表情をただ見つめている。ゴンドラの中に二人きりだということもあるけれども、はばかることなくそうやってみのりを見つめられるのは、遼太郎の純粋さがなせるものだ。


 遼太郎は、みのりと違って何の戸惑いもなく、その視線と同じようにただ真っ直ぐみのりのことが好きだった。



「…怖いですか?」



 ゴンドラが頂上部へと達したときに、ようやく遼太郎が口を開いた。



「ううん…。」と、みのりは言いかけたが、



「高いから、ちょっと怖いかな…。」



と、今度は強がらずに本当のことを言った。


 先ほどから突風が吹き、幾度となくゴンドラが揺れていて、観覧車にしては少しスリリングだった。



「観覧車なら、怖くないと思ったんだけど…。」



 愁いを帯びたみのりの表情を、遼太郎は観覧車が怖かったからだと思ったらしい。心配そうにその顔を曇らせた。



「怖いけど、大丈夫。怖くない。」



 遼太郎が心配しすぎないように、みのりがそう言うと、遼太郎はその矛盾に首をかしげた。みのりはその矛盾を説明することなく、ニッコリと遼太郎へと笑いかけた。



 遼太郎はいつも、みのりのことをこわれものの宝物のように扱ってくれる。そんな優しくて強い遼太郎と一緒にいて、怖いものなんてあるだろうか。

 一緒にいられるのなら、ずっとこのゴンドラに閉じ込められててもいいとさえ、みのりは思った。



 観覧車から降りて、チューリップで覆われた大きな花壇の周りを歩いていた時、周囲の土埃つちぼこりを巻き上げて、突風が吹き渡った。

 思わずみのりが顔を背けて目をつぶると、遼太郎は風上に立ち、みのりを自分の体の陰へと引き寄せる。



 みのりが息をいて顔を上げ、お礼を言う前に、空から大粒の雨がバラバラというような音を立てて、一気に落ちてきた。


 

「わっ!!降ってきた!」



 遼太郎は背を丸めて、みのりの上に覆いかぶさるように、その傘になろうとした。しかし、それでは到底防ぎきれないほどの雨量で、このままではずぶ濡れになってしまう。



「あ!あそこ、休憩所がある。」



みのりが指をさして、遼太郎の腕を引いた。


 降り出した雨の匂いが立ち込め、視界もけぶるほどの激しい雨の中、遼太郎の方が先に立って、みのりの手を引いて走った。

 休憩所に着いた時には、遼太郎も息があがっていたくらいなので、みのりは呼吸もままならないほど、大きく肩を上下に揺らしている。



「あぁ…。遼ちゃんって、やっぱり足が速いのね。…付いて行けずに、足がもつれるかと思ったわ。」



 みのりがそう言って笑うと、遼太郎は少し苦く笑い返した。遼太郎はみのりに合わせて、全力疾走の半分くらいの速さで走ったつもりだった。



 息が整うのも待たずに、みのりがバッグからタオルハンカチを取り出し、腕を伸ばして、雨粒が伝う遼太郎の額や頬を拭き取る。遼太郎の体がピクリと硬くなり、驚いたような少し戸惑うような目で、遼太郎はみのりを見下ろした。



「俺、濡れるのは慣れてるし、何ともありませんから、先生の方から拭いてください。」



 遼太郎はうろたえ気味に身を引きながら、みのりの行為をやんわりと拒んだ。



「私はこのコート着てたし、遼ちゃんが前を走ってくれたからあんまり濡れてないの。…遼ちゃん、風邪引かせちゃいけないし…。」



 そう言うみのりの前髪からも水滴が零れ落ち、それが額から頬へと伝っている。実際、みのりの持っている小さなタオルハンカチくらいでどうにもならないくらい、遼太郎もみのりも濡れそぼっていた。





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