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Rhapsody in Love 〜幸せの在処〜  作者: 皆実 景葉
夏合宿、恋模様
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夏合宿、恋模様 9




 遼太郎と樫原の間で起こったこの出来事は、ほどなく樫原の口から佐川の耳へ届けられた。


 2年半もの片想いが儚く散って、さすがに落ち込んでいた樫原を、古い友人の佐山が心配して問い質したからだった。


 親しい友人同士の間で繰り広げられたこの恋模様を、佐山も複雑な思いで聞き、遼太郎に対しても、やはり〝知らないふり〟は出来なかった。



「よー、遼太郎。猛雄とのこと、聞いたよ。……お前もいろいろ大変だったな。」



 1限の講義に向かう時、階段を上りながら、佐山から声をかけられた。面白がっているわけではないことは、声のトーンを聞けば分かる。



 遼太郎は佐山と目を合わせると、そのことについては何も答えず、ただ黙って肩をすくめた。



「陽菜ちゃんはともかく、猛雄は男だからな…。親友を振るのって嫌だっただろうけど…。」



 佐山がそう言うのを聞いて、遼太郎ははっきり宣言するために佐山の目をしっかり捉えた。



「樫原のことと長谷川のことは、関係ない。それに、俺は長谷川とも付き合う気はない。」



 いつになく強い語調の遼太郎に、佐山は少し面食らった顔を見せる。



「…でも、陽菜ちゃんは、もうほとんどお前と付き合ってる気になってるぜ?周りに『彼氏』なんて言われても、否定してないらしいし。」



 遼太郎は苦い思いを、嫌な気持ちで呑み下した。

 樫原があれだけ気にしていたのは、こんな事実があったからだろう。



「付き合う気がないんだったら、陽菜ちゃんに、はっきり言っておいた方がいいぜ?下手な情けをかけて深入りさせると、後で却って傷つけることになる。」



 佐山の的確な助言を受けて、遼太郎も深いため息をつく。



「付き合えないって、最初にきちんと断ってる。勉強のことに関しては、彼女を遠ざける理由はないし。」



 自分ができる最善のことをしているのに、こんな現状を抱えてしまって、遼太郎自身も、どうしたらいいのか分からない状態だった。

 逆にこんな遼太郎の性格を見越して、陽菜は巧みに遼太郎の懐に入り込んできたとも言える。


 考えあぐねる遼太郎を見て、佐山も助言を続けた。



「こんな場合、中途半端が一番よくないんだ。俺なんかは、いっそのこと付き合ってみればいいのにって思うよ。一度付き合ってダメだったら、陽菜ちゃんだって諦めがつくだろう?」



 それでも、遼太郎は首を横に振って、佐山の言葉を受け入れない。



「ダメだよ。付き合うことだけはできない。」


「どうして?お前、今は彼女いないだろ?」



「……彼女はいないけど、好きな人はいるんだ。……だから、茂森さんとも旨くいかなくて、結局傷つけることになった。」



 初めて聞く遼太郎のこの告白は、以前彩恵も指摘していたことで、佐山自身も感じ取っていたことだった。それが事実だったことに、佐山は息を呑んで、階段の途中で立ち止まった。



「彩恵ちゃんと付き合う前からか…?ずっと、その人のことを…?」



 佐山の問いかけに、遼太郎は佐山を見つめるだけで何も答えない。ただ、見つめ返してくる遼太郎の深い眼差しに射抜かれて、佐山は動けなくなる。


 遼太郎の目が苦しさと切なさを帯びると、ドキドキと佐山の心臓が高鳴り始めた。



「俺がここにいるのも、その人がいてくれたからだ。その人がいてくれるから、俺は生きていけるんだ。……俺が死ぬまで、何があってもこの想いは変わることはない。その人は、俺の全てなんだよ。」



 遼太郎の言葉を聞きながら、思わず佐山の皮膚に鳥肌が立つ。身体に震えが走って、雷に打ち付けられたような衝撃が駆け巡った。



 〝女には興味がない〟そう思っていた遼太郎が、こんなふうに女性を語るなんて。

 その心の中に、ずっとそんな人が棲んでいて、そんな想いが詰まっていたなんて……。



 ただ一人の人を、こんなにも深く心の底から想える……。

 これこそ、佐山が追い求めて止まないものだった。佐山が偉そうに講釈を述べるまでもなく、遼太郎はもうすでに何が本物なのかを知っていたのだ。



「……だったら、どうして彩恵ちゃんと付き合ったりした?その人とはどうなってるんだ?」



 その佐山の当然の疑問に、遼太郎の表情がいっそう苦しそうに曇った。



「……事情があるんだ。今は、会えないんだよ。」



 「どうして?」と、佐山はすぐに問い直したかったが、遼太郎の悲痛な顔を見たら何も言えなくなった。



 時折、遼太郎から醸される〝影〟のようなもの。目の前にあるものに必死に打ち込むのは、〝何か〟に駆り立てられているから。


 それを再認識させて、これ以上遼太郎を苦しませたくなかった。



 眼鏡の向こうにある佐山の目が、どんどん切なくなって見つめ返してくれている。それを見て、遼太郎は逆に微笑みを浮かべた。



「早く行かないと、1限の講義に遅れるよ。」



 そう言いながら、遼太郎が先に階段を上っていく。


 促されて、佐山も手すりに手を置いてみたが、身体がまだ震えていて動き出せなかった。ただ深い息を繰り返し、共有した遼太郎の深い想いを胸の中に閉じ込めた。




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